安い外車に乗ってる奴は不気味だ。
ここで言う「安い外車」とは、フォルクスワーゲン、シトロエン、ルノー、プジョーのような、間違いなく外車ではあるが、決して高級車ではない車のことだ。
ベンツやポルシェやランボルギーニに乗ってる奴は別に不気味ではない。いま挙げたような、外車であり高級車でもある車は、かっこいいし乗り味も良いだろうし、多少の優越感も味わえるだろう。行動原理が理解できるから決して不気味ではない。
問題は外国の大衆車だ。維持費も新車価格も、何もかも割高なのに、しかしクオリティは国産大衆車と変わらないかそれ以下だなんて、まったくもって意味不明ではないか。
実はおれも、最近まで「安い外車」であるところのフォルクスワーゲン・ゴルフヴァリアントに乗っていたのだけど、その上でもやはり、安い外車に乗ってる奴は意味不明だと思っている。
我が家にフランスの風が吹いた
いまから17年くらい前、おれが小学5年とかそのくらいの頃、我が家には2台の車があった。休日に家族でお出かけするときに使うミニバンと、父親の通勤用の軽の2台だ。
そのときは典型的な田舎の核家族の自動車事情をそのままコピペしたような何の面白みもない構成だったのだけど、しかしある日とつぜん、父親が通勤用の軽のかわりにプジョー1007を買ってきた。田舎の核家族に突如フランスの風が吹いたのだ。
おれは戸惑った。ライオンが二足歩行している謎のエンブレム、プジョーとかいう聞いたこともないメーカー、電気の力で開くスライドドア、外車なのに国産大衆車と大差ない内装。
日本車ではまずありえないような、茶色がかったオレンジの謎のボディーカラーにも戸惑った。いまになって見るとフランスっぽくておしゃれな色のような気もするのだが、当時はオランジーナなんて売っていなかったわけで、どう考えても小学生が喜ぶ色ではない。
母親はもっと戸惑っていた。父親は、ボディーカラーについて母親になんの相談もしていなかったらしいのだ。父親は、車を選ぶときに色やオプションについて母親にまったく何も相談しない悪癖をもっていた。母親はなぜかおれにボディーカラーについての愚痴を延々と語っていて、一方のおれはウンコの色だと家の中を叫んで回っていた記憶がある。完全に地獄だ。
この車のセールスポイントである電動のスライドドアは、割とよく調子が悪くなった。そりゃそうだ。欧州車は電気系統が弱い。当時普及し始めたばかりの電動スライドドアなんてフランス車じゃなくても壊れるに決まっている。
一時期、父親は毎週のようにディーラーに足を運んでいた。詳しくは覚えていないが、何回もかけてどこかを直してもらっているのだけど、なかなか治らないのだと言っていた。たしかオイル漏れかなんかだと言っていた記憶がある。そりゃそうだ。欧州車は電気系統が弱いし、電気系統以外も弱い。
大して速くもないし高級にも見えない車に割高なハイオクを給油する父親の後ろ姿を見て、幼心に、なぜそんな車を選んでしまったのかと強く疑問に思ったものだ。
フランス車に乗る人は、「フランスは石畳が多いから足回りやシートが柔らかく作られていて、ふにゃふにゃな乗り心地なのが良い」みたいなことを言いがちだ。だが、当時のおれは子供だったから、そんなことはまったくわからなかった。もっと単純に、わけわからない車だなあ、国産にすればいいのに、と思っていた。
まあでも、家の近所に停めてあった真っ赤なフォルクスワーゲンのゴルフ3の見た目は大好きで、将来はこんな車に乗りたいと思っていた記憶もある。当時のおれは、プジョーは知らなくてもフォルクスワーゲンがそこそこ高価な外車であることは知っていたから、ゴルフ3の近くではあまりチャンバラをしないようにしていた。実際にはゴルフは別に高価ではないし、プジョーと同じ「安い外車」の仲間なのだが、そんなことは知らなくて、プジョーの近くでは思う存分にチャンバラをした。
それから15年くらい経ち、ドイツの風が吹いた
それから時は経ち、おれはキッズを卒業し、そして車を買うことになった。あれから15年後、いまから2年半前の話だ。おれは(決して詳しくは無いながらも)車がそこそこ好きだし、運転はもっと好きだから、車選びには実に迷った。日産ステージアとか、ルノー・カングーとか、スバル・レガシィとか、候補はいろいろあったけど、どれも決め手に欠けた。
あまりにも迷いすぎた末に、Twitterで「燃費が凶悪じゃなくて、車中泊ができて、古すぎず、100万円以下で買えて、そしてなにより光る個性がある車がほしい」みたいなことをぼやいたら、車オタクのフォロワーにゴルフヴァリアントを勧められた。
なるほどなるほど、悪くない。最近のフォルクスワーゲンはライト周りがシュッとし過ぎていて現代的すぎるが、ゴルフ6の世代にはまだギリギリ、ヘッドライトにゴルフ3の頃の面影があってフォルクスワーゲンのアイデンティティが残っている。そこまでメチャクチャかっこいいとは思わないが、現代的な見た目とゴルフ3のような欧州車っぽいデザインとのバランスが絶妙だ。
ゴルフヴァリアントはゴルフのワゴンタイプだ。だから、荷室が広くて車中泊がしやすい。燃費も(ハイオクだが)リッター14kmくらい走るようだ。
そういうわけで、ちょっと見物するつもりで中古屋に行って、その流れで契約してしまった。
なによりもこの車がすばらしいのは、30万円で買えるところだ。安い外車は新車で買うと割高なのだが、ボロくなってくると故障を恐れて誰も欲しがらなくなるので急に値崩れが始まる。だが、よく考えてほしい。もし仮に修理が難しい箇所が故障して何十万円もの修理代を請求されたとしても、その場で廃車にしてしまえば理論上は30万円しか損しないのだ。買わない理由が無いではないか。
あれほど不気味だと思い、なんならちょっと軽蔑してさえいた安い外車乗りになってしまうことに抵抗が無いわけではなかったが、よくよく考えれば外車というのはわかりやすい個性だし、なにより30万円だ。維持は大変だろうが、明日のおれがなんとかしてくれるはずだ。
車検を通せずに2年半で廃車になる
フォルクスワーゲンの最も悪質なところは、維持費が決して払えない額ではない点にある。部品も工賃も、たしかにいちいち高いのだが、同じグレードの国産車と比べても非常識なほど高いわけではない。たとえば、最近スパークプラグが壊れてプラグ4本を交換したのだけど、正規ディーラーでも工賃込み4万円で済んだ。これがもしポルシェとかだったら、きっと10万くらい取られて、維持費が払えずにすぐ手放していたことだろう。
指定のオイルが高かったり、燃料がハイオクだったり、タイヤやバッテリーのような部品がいちいち特殊で高かったりもするのだが、まあ払えなくはない。前タイヤのスピードセンサーが2回も壊れたり、何もしてないのにサイドミラーに貼ってある板状の鏡が剥がれたり、内装の布張りが加水分解でとれそうになったりと、わけのわからない壊れ方もするが、まあ騙し騙し使えなくはない。
フォルクスワーゲンはしょせん大衆車だから、そこまで頻繁には壊れないようになっているし、壊れても平均的なサラリーマンならなんとか払える額しか取らないようにしているのだ。
そういうわけで2年半は乗ったのだが、つい最近の車検で見積もりをとってもらったところ、奇しくもちょうど30万円を請求されてしまった。なんかのポンプとか、ドライブシャフトのブーツとか、あちこちが壊れているんだそうだ。「これは最低限の修理で、本当はもっと直すべきところがある」と正規ディーラーの人は言っていた。それなりに負担があることは覚悟していたので決して払えない額ではなかったのだが、30万で買った車の車検に通すのに30万もかけるわけにはいかないし、ほかに乗りたい車もあったので、もっと実用的で楽な車に、つまりは要するに国産車に乗り換えることにした。
わずか2年半で乗り換えることになってしまったが、2年半で5万キロも乗ったので、購入時の値段も考えると決して損はしていないような気がする。なにより、人生で一度はドイツ車に乗りたいと思っていたので実績解除できたのがよかった。おれは車に詳しくないし整備する場所も無いからオートバックスとディーラーにすべて任せていたが、ある程度自分で整備できるなら中古で投げ売りされている外車を数年ごとに乗り継ぐのは意外と楽しくてコスパの良い趣味かもしれないとも思う。
安い外車はマジで普通
おれが買ったゴルフ6ヴァリアントは実に普通の車だった。そもそもゴルフという車が、世界で一位か二位の自動車メーカー・フォルクスワーゲンの最も標準的な大衆車なので、とうぜん無難に作られている。
もちろん、欧州の風を感じる仕様はところどころにあった。たとえばワイパーとウインカーのレバーが左右逆だったり、ライトのつまみがエアコンのつまみのように独立していたり、アクセルがオルガンペダルだったりした。だが、そのおかげで何らかの満足感を得られるかというとそんなことはなかった。少しだけ壊れやすくて修理代がちょっと高くて謎にハイオク仕様なだけで、無事に走っている間はとても普通だ。
見た目もやはり普通だ。知り合いに「これ外車なの?マジ?ぜんぜん見えない」と言われて傷ついたこともあるし、駐車場に停めているときにバイクで軽くぶつけられた際、バイクの持ち主が「あの商用車みたいな車の持ち主ってわかりますか」とおれのことを探し回っていると知ったときは流石にショックだった。
個人的にはかわいくてそこそこ気に入っていたのだが、まあでも、確かにフィアットみたいにめちゃくちゃかわいいわけでもないし、BMWみたいにひと目見て欧州車だとわかる雰囲気があるわけでもないのは認めよう。
外車に乗ってるという優越感のようなものは、正直言って全く無かった。ゴルフは大衆車だし、古めのゴルフの中古相場がメチャクチャ安いことは割と有名だろうから、むしろ劣等感すらあったかもしれない。車に詳しくない人はフォルクスワーゲンが外車であることを知らない場合も多いし、実際に「商用車みたいな車」と言われたこともあるから、優越感はほんとうに無かった。
なにかと平凡な車だったが、ただ、高速道路でちょっとだけ速いのは良かった。ドイツはアウトバーンの国だから、この車も高速道路向きにチューニングされているっぽく、新東名の120kmまで合法的に出せる区間を走っても直進安定性が良かったし、加速も(スポーツカーほどではないが)そこそこよかった。そのかわり、車重がそこそこ重いので峠道は楽しくなかったし、DSGとかいう高速に強いが低速に弱いよくわからないトランスミッションの技術を採用しているせいで街乗りでは加速がガタガタだった。
安い外車に乗ってる奴は不気味だ
おれはこの車でどこにでも行った。青森とか、京都とか、広島とか、和歌山とか、福井とか、高知とか、車中泊をしながらあちこちに行って、2年半で5万キロ乗った。
乗り納めだと思って車検の前日に岐阜まで行って、車検当日にはサービスエリアで車中泊をして、車検が切れるギリギリまで乗った。ゴルフヴァリアントは実に普通の車で、べつにかっこいいわけではなかったし、見た目も性能もそこまでメチャクチャ気に入ってるわけでもなかったのだけど、愛着は何故だかあって、車検が切れる日に下取りに持っていったときはちょっと泣きそうになった。ゴルフヴァリアントはそういう車だった。
それで、実際に所有していた経験にもとづいて言うのだけど、やっぱり安い外車に乗ってる奴は不気味だ。外車ではあるけど高級車ではないから特別なにか優れている点があるわけではない。あったとして国産車で代替できない道理はない。
でも最近、「輸入車でどこかに行くとなぜか思い出に残る。国産車でどこかに行っても忘れてしまうけど、輸入車に乗っている間は、あの車であそこに行ったなとか何故かよく覚えている」みたいなことを言っている人がいて、たしかにそうかもなと思った。
おれも父親のプジョーで行ったディーラーに出してもらったオレンジジュースの味なんかを今でも覚えている(オランジーナではなかった)。ボディと同じ色の安っぽいオレンジのカラビナがキーについていたこととか、あるいはプジョーの液晶に表示された英語のエラー表示を父親が読んでいるのを見て、父は英語が読めるすごい人間だったのか、なんて思ったのだけど、その数年後に自ら中学校で英語を習って、実は義務教育をそれなりにこなしていれば割と誰でも機械のエラー表示くらいは読めるようになるということに数年越しに気づいたこととか、そういうしょうもない思い出をいちいち覚えている。
プジョーを買ってから何年か経ったころ、いろいろあって我が家は急に貧乏になって、フランス車どころではなくなって再び軽に乗り換えてしまった。その前にも、それから後にも、うちにはいろんな車があったけれど、我が家に何年かだけ居座っていた謎のプジョーのことは、どの車よりも覚えている気がする。
「輸入車は思い出に残りやすい」なんて意見は、もしかしたらポンコツをつかまされた輸入車乗りが自分を納得させるために言っているだけの妄想に過ぎないのかもしれなくて、「思い出に残りやすい」なんてことは事実だったとしてもたぶんきっと理屈では説明できない現象なのだろう。でもべつに、そんなことを理屈で説明する必要はないはずだ。おれがそう感じていて、ほかにもそう感じている人がいる、それだけが真実だ。
何年か前、父親に、なぜあのときプジョーに乗っていたのか聞いてみたことがあった。しかし、そのときの父親はグダグダとよくわからないことを言っていたので、どう説明されたか今では完全に忘れてしまった。
安い外車乗りに「あなたはなぜ安い外車に乗るんですか」と聞いてロジカルな回答が返ってきた試しは、人類の歴史が始まって以来、一度もない。「外車は思い出に残りやすい」みたいなよくわからない抽象的で観念的な答えなら返ってくるかもしれないが、決して真に受けてはいけない。たしかに乗っていると謎の楽しさがあるような気はするのだが、気のせいのような気もする。
とにかく、安い外車に乗るのはどう考えても金の無駄だ。金がかかる割に、得るものは全く無いか、あったとしても極めて少ない。安い外車に乗ってる人間は、安い外車に乗る理由を、乗ってる本人ですらよくわかっていないのだ。
そういうわけでおれは、つい最近、維持費が安そうな国産車に乗り換えてしまった。でも、長い人生でもう1回くらいは安い外車に乗ってやってもいいかもしれないと思っている。理由は自分でもわからないけれど。
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