劉慈欣短編集「円」感想

書籍

せろりんです。

劉慈欣作品って面白いですよねえ!「三体」は言うまでもないですし、短編集「円」「老神介護」「流浪地球」もメチャおもしろいです。

まあ中編の「超新星紀元」「白亜紀往事」あたりはそんなに言うほどおもしろくはない気もしますし、「球状閃電」も(おれはメチャクチャ好きですけど)話が暗くて地味なので、つまらないと言う人の気持もわかります。とはいえ短編がおもしろいのはガチです。

そういうわけで、ひとまず「円」に収録されている短編の全部について感想を書きました。出版された当時に1回読んだんですが、めっちゃ好きなので最近もう一度読みました。

ネタバレありです。「円」を読んでから読みましょう。


円 劉慈欣短篇集 (ハヤカワ文庫SF)

鯨歌

まあまあ面白いですね~。トライマグニスコープのバケモンみたいな装置がアメリカに出入りする船舶の荷物を全部透視するようになった世界でクジラを改造した天然の潜水艦で麻薬を密輸しようとする話です。

まあSF的にはべつに面白みはないので書きたい感想もそんなに無いんですが、やっぱり海に響き渡る鯨の歌の描写がいい味を出してるなと思います。劉慈欣って自然描写がけっこう良くて、たとえば葉文潔が沈黙の春を読んで人間社会に絶望するシーンとか読んでると割と思うんですけど、この作者は意外と自然が好きなのかなあと感じるんですよね。

地火

これメチャクチャおもしろいですね~。劉慈欣の短編でもトップ5には入るくらい好きです。炭鉱労働に父親を殺された主人公が、地下で石炭を燃やして水蒸気改質みたいな反応で可燃性ガスを作れば石炭掘る必要なくね?と気づいて実施しようとするも、ほかの鉱脈に火がうつって取り返しがつかなくなる話です。

劉慈欣って炭鉱の街に生まれて、しかも本業で石炭火力発電所(娘子関発電所)のエンジニアをやってるので(大大大ベストセラー作家になったいまでもやってるんでしょうか?流石に辞めてますよね?)、石炭や炭鉱に並々ならぬ思い入れがあるっぽくて、やたら描写が精緻でメチャクチャおもしろいです。主人公の名前が「劉欣」で、劉慈欣っぽいのも作者の思い入れの現れなんでしょうか?劉慈欣作品ってわりと劉慈欣本人が登場するので、これもそのパターンなのかな?って感じがします(超新星紀元にも劉慈欣本人が登場しますし、呪い5.0にも登場しますし、そのオマージュとして三体Xにも劉慈欣本人が登場しますよね)。まあでも、劉ってめちゃくちゃよくある名字らしいですし、中国人のネーミングセンスはよくわからないので劉欣が劉慈欣と関係あるのかについては誰かに解説してほしいところです。

前半で描かれる「主人公やらかし編」はSF的に特にぜんぜん面白くはないというか、いくつかのSFガジェットを除けばかなり現実に近い舞台設定でSF要素はそんなに無いわけですけど、主人公がガンガン死亡フラグを立てていく緊迫感と炭鉱のリアルな描写がおもしろくてメッチャいいです。

後半の「昔の人はほんとにバカで、昔の人はほんとに苦労した」から始まる中学生の日記編で最終的にハッピーエンドになるのも読後感が良くて良いです。物語はハッピーエンドがいいですね。

郷村教師

これメチャクチャおもしろいですね~。劉慈欣の短編でもトップ5には入るくらい好きです。中国のガチで終わってる農村で教師として一人奮闘する死にかけのオッサンが子供にがんばってニュートンの法則を教えていると、アホ生物絶対殺す星人が偶然地球にやってきて中国のガチで終わってる農村の子供にクイズを出し始め、運良く問題がニュートンの法則についてだったので偶然子供が答えられてアホ認定されずに人類は生き残りました、教師最高、教育バンザイ、みたいな話です。

あらすじだけ聞くとなんでやねんと思ってしまうようなメチャクチャアホな話な気がしますが、劉慈欣が中国の田舎で生まれたからなのか、中国のガチで終わってる農村描写が非常にリアルでメッチャおもしろいです。劉慈欣ってあっと驚くSF的展開もおもしろいですけど、描写がいろいろとリアルなのも良いんですよね。

まあでも中国のガチで終わってる農村の教師が、ニュートンの法則について本質的な話をあんまりせずにひたすら「暗記しなさい」の一点張りで、詰め込み教育気質がハンパないのは謎ではあります。詰め込み教育って相性が良い人にとっては効率的ではあるのかもしれないですし、時と場合によっては必要なことなのかもしれませんけど、こういう話で描かれがちな「良い教師像」ってどちらかと言うと生徒に自主的に考えさせるゆとり教育タイプだと思うので、なんで詰め込み教育タイプを主人公に採用したのかは謎です。劉慈欣がそういう教育を受けてきたんでしょうか。謎です。

「ディディ・ドゥドゥドゥ・ディディ」と気球は答えた。
「第一問、不正解。第二問、物体における熱エネルギーの流れについて、あなたたちはどのような特徴を観察しましたか? また、その流れは逆転できますか?」
「ドゥドゥドゥ・ディディ・ディディドゥドゥ」と気球は答えた。
「第二問、不正解。第三問、円の直径と円周の比は?」「ディディディディドゥドゥドゥドゥドゥ」と気球は答えた。
「第三問、不正解。第四問……」
「そこまで」十問めを出題したとき、最高執政官は言った。「時間がない」
 そう言うと、艦隊総司令官をふりかえり、指示を伝えた。「特異点爆弾、発射!」総司令官が命令した。

劉慈欣.円 劉慈欣短篇集(pp.109-110).株式会社 早川書房.Kindle版.

おれが好きなシーンといえばこれです。地球人の前に前座として処刑されるアホ宇宙人がかわいくてメッチャ好きです。

繊維

ガチで謎の短編ですね~。一度読んだ人なら、内容を覚えていなくても「あなたは剣闘士よ!」とかいう謎のセリフだけで「そんな話あったなー」ってなるんじゃないでしょうか。

ミスってパラレルワールドに侵入してしまった主人公がパラレルワールドの謎さに驚きながら最終的にもとの世界に戻る話です。

この短編の見どころは、切なくも謎さが残るよくわからないノリのラブロマンスと、20進法だったり5進法だったりを使っているパラレルワールドの設定ですね。まあでも全体的に謎さが蔓延していて、そこそこ面白くはあるもののやっぱり謎です。

妙天奇奇烈な話ね!

劉 慈欣. 円 劉慈欣短篇集 (p.141). 株式会社 早川書房. Kindle 版.

ここも謎で好きです。しらんけど、妙天奇奇烈という単語は中国語版でもそのまま書かれてるんじゃないでしょうか。

メッセンジャー

自分の科学的考察が時代遅れになりつつある事実を受け入れることができない事と、自分の理論が結果的に原爆開発に加担してしまった事の2つが原因でバッド入ってしまった時期のアインシュタインが、未来からやってきた青年に未来のバイオリンを渡されていろいろと励まされる話です。

話自体はよくあるっちゃよくあるようなシンプルな話ですけど、アインシュタインが主人公なのがメチャおもしろいですね~。エキサイティングな話ではないですけど、バイオリンを弾いてひっそりと過ごす日々の老いたアインシュタインの胸の内が繊細に描写されていて引き込まれます。別の偉人でも同じような話がかけそうな気がしますけど、でもやっぱりアインシュタインが一番いいような気もします。

カオスの蝶

これ問題作ですね~。話はおもしろいんですが、科学描写がさすがに雑で微妙だなーと思いました。

文字通りのバタフライエフェクトが起こる地点を、大気をシミュレートすることで算出して、実際にその場所に行ってバタフライエフェクトを起こして天気を操ることで戦争に勝とうとするけど、なんやかんやアメリカには勝てませんでした、みたいな話です。劉慈欣作品に出てくる国っていつもアメリカに負けてる気がします。

話はおもしろいんですが、科学的にはあらゆる点で現実にはありえない話だと言えます。技術的な話だけをするとしても、この時代の地球にあるセンサーとコンピュータではこういう計算は絶対にできないはずです(いまですら明日の天気すら正確には予想できないんですから)。原理的にも、バタフライ効果というのはそもそも「蝶の羽ばたきが天気に及ぼす影響を計算するようなことは不可能ですよ」的な含意のある言葉ですから、バタフライ効果をつかって天気を思いのままに変えるというのはやはり科学的な展開ではありません。

地球の天気にはものすごく多くのパラメーターが関わっていて、その中には「人間の行動」みたいな計算することが極めて困難なパラメーターや、それこそ蝶の羽ばたきの回数のようなものまで関わってくるのに、全てをセンシングして古典的な計算で未来を正確にシミュレートすることはまず無理です。

作者もそう思ったからなのか、最後に「著者付記」として、こういう話は現実的には絶対起こらないけど、起こらないようなことを空想するのもSFの魅力の一つですよ、みたいな注釈が入っています。この注釈があるからギリ許せるものの、フラットに考えたらかなり無理のある話だと思います。

「地球の大気を計算する超巨大数理モデルを巨大スパコンで動かして、それに地球上のセンサーがセンシングしてきた膨大な量の測定値を入力して、古典的な計算で天気を完璧に予測する」という昔ながらのシミュレーション手法に原理的にも技術的にもツッコミどころがあるわけなので、もっと「謎の超技術を使ったすごい量子コンピュータがあった」「そのコンピュータと組み合わせないと動かないけれど、ものすごく少ないパラメータと超短い時間で計算が可能な超不思議なモデルを主人公が発明した」「ただし的中率は3日後で90%くらい」みたいな説明があれば、実際にそういうことができるかどうかは別としてもう少し説得力がある話になったんじゃないかと思います。まあでも話はメッチャおもしろいと思います。

詩雲

アホSFの極みみたいな作品ですね~。まあまあ好きです。

芸術星人が地球に攻めてくるも、地球人の漢詩のすばらしさに圧倒されてしまい、漢詩を作らせるために地球人を生き残らせる展開になるかと思いきや「すべての組み合わせの漢詩を出力して保存しておけば宇宙最高傑作もその中に含まれてるから太陽系を材料に全ての漢詩を保存するストレージを作ろう」みたいな展開になる謎の話です。

これ皆思うツッコミどころだと思うんですけど、全部の漢詩が保存されてるってのは何も保存されてないのとほとんど同じなわけで、全ての漢詩を保存することに一体なんの意味があるんだ、って思うんですよね。劉慈欣も自覚しているとは思いますけど、そこがどうしても気になってしまいます。

  啊啊啊啊啊(あああああ)
  啊啊啊啊啊(あああああ)
  啊啊啊啊啊(あああああ)
  啊啊啊啊唉(あああああ)
 おたずねしますが、大いなる時間とやらは、この詩を傑作と評価するでしょうか?」
これまでずっと沈黙していた伊依は、このとき歓喜の声をあげた。「おお、なんと!大いなる時間など必要ありません。 

劉慈欣.円 劉慈欣短篇集(p.233).株式会社 早川書房.Kindle版.

まあでも、この短編はアホSFなのでそんなことはどうでもいいんですよね!とはいえおれは漢詩のことがまったくわからないので、このアホみたいな詩が本当にこの文脈ではそこそこいい出来なのか、それとも伊依が適当ほざいてるのかよくわからないんですよね・・・。劉慈欣作品には漢詩がちょいちょい出てくるので漢詩の勉強をしないと劉慈欣作品を本当には理解したことにならないのかもしれません。

全ての漢詩を保存するのに必要な容量を計算し始める展開は、設定も話もアホなのにそこそこ真面目にSFやってるな~って感じがするのもいいですよね。まあ最終的に量子状態を使って1原子に1ビット以上を記録しないと無理、って話になって、量子状態を使うストレージの容量は作者が適当に決められるので、そういう現実的な計算は全部無意味なものになってしまいますけど・・・。

全俳句データベースVer.2
ぜんぶの俳句のデータベースです

ちなみにおれがこの短編を読んだ後に、すべての俳句を収録していると主張する「全俳句データベース」が登場して、「劉慈欣の短編で見たやつだ!」ってなりました。ただしこのサービスは、データベースだと主張しているものの実際にはその場で適当に情報を出力しているだけっぽいです。漢詩もこの方式でよかったんじゃね?と思わなくはないです。リクエストに応じてあらかじめ記録しておいた漢詩を返す機械と、リクエストに応じてその場で対応する漢詩を生成して返す機械だったら、やってることはまったく同じなわけですから。すべての可能性が記録されているというのはつまり情報量がゼロだというのと同じです。芸術星人はとってはその理屈じゃ納得できなかったんでしょうか?と思わなくもないですが、よく考えたら芸術星人はロジックよりも芸術を優先するので、そりゃ実物がほしいんでしょうね。気持ちはわかります。

栄光と夢

ビル・ゲイツが戦争根絶プロジェクトとしてオリンピックの勝ち負けを戦争の勝敗のかわりに使おう、みたいなことを言い出して、戦争で国土がボロボロになっている国とアメリカがバトルする話です。劉慈欣作品では戦争になるとアメリカが必ず勝つので、この作品でもアメリカが勝ちます。

けっこう面白いですね~。百合あるよ(笑)。劉慈欣って死神永生でもハンパな百合展開を書いてましたけど、もっとこう、一度ちゃんとした百合SFを書いてほしいんですよね。

ところで三体って「ビル・ゲイツが絶賛」みたいな宣伝をされてたと思うんですけど、ビル・ゲイツは果たしてこの短編を読んだんでしょうか。ぜひ感想を聞かせてほしいところです。

SF要素は薄めですね。ビル・ゲイツが戦争をシミュレートする試みをするなど現実を超越した部分も若干ありますけど、基本的には現実路線です。オチも極めて現実的で、そりゃそうなるよなと思うんですけど、だれでも思いつくそのオチに命を燃やして最後まで走る主人公の姿が重なるのが小説としてめっちゃおもしろいなと思います。でもまあ、華やかなスーパーテクノロジーが登場しない現実路線のSFなのに現実感があんまり無い設定ではあって、そこは微妙ではあります。謎にゲイツが登場するところは面白いといえば面白いんですが、ゲイツはそんなこと言わないだろって思いもあります。

それはそうと劉慈欣ってシミュレーション大好きですよね。「球状閃電」では主人公がボールライトニングの再現シミュレーションを回すために古いスパコンを借りる姿が描かれますし、この短編集の「地火」とか「カオスの蝶」にもシミュレーションが登場します。「栄光と夢」にはビル・ゲイツが戦争をシミュレートしようとして失敗し、最終的にオリンピックに目をつけるに至るまでの過程が説明されます。まあ現実的に考えると、ビル・ゲイツがやっている戦争をシミュレーションする試みは失敗することがわかりきっている気もするので、ビル・ゲイツが戦争をシミュレーションしたけど失敗した設定が果たして必要だったのかはなんとも言えません。戦争の要は敵に正確な戦力を知られないことなのに戦争を正確にシミュレーションするなんて無理に決まってるだろと思いますし、勝敗には戦争をやってる国の市民の心理や、戦争とはぜんぜん関係ない国の人たちの世論も関係してくるのでカオスすぎて計算結果に意味があるとも思えないですし、そもそも、どんな精巧なシミュレーションでも、たとえばベトナム戦争開始前にベトナムが勝つなんて計算結果を出せたでしょうか?出てきたとして誰がそれを信じるんだよという話です。とにかく、そのくらいちょっと無理がある設定であってもシミュレーション描写を入れたがるのが劉慈欣の作風なのだと言えるわけです。

個人的な考察ですけど、たぶん劉慈欣はそういうシミュレーションを学生時代にたくさんしてきたか、あるいは仕事でやってきたんだと思います(シミュレーションソフトが充実してなかった時代のガチ理系の人は、フォートランとかCで手書きしたプログラミングを使った数値計算をよくしていたんじゃないかと思います)。おれも趣味で簡単なシミュレーションをやることがあるので、なんとなくシミュレーションにロマンを感じる気持ちは結構わかります。劉慈欣作品の偏微分方程式を昔のコンピュータで解く描写って謎に情感がこもっていておもしろいんですよね。

円円のシャボン玉

これ、いい短編ですね~。デッカいシャボン玉を作ることが夢の円円がデッカいシャボン玉で雨雲を輸送して最終的に故郷を救う話です。

奇人すぎて親から心配されて育った円円が独特の創造性で出世しまくって最終的に親と立場が逆転する姿は痛快でありながらも、なんやかんやおれは凡人なので親のほうに感情移入してしまって「円円、立派になったな…」と謎の感慨が発生するのが良いですね。最終的には円円の技術力と父親のアイデアのタッグで雨雲の輸送システムを完成させるのも熱いです。最後の、大きなシャボン玉が虹色に光りながら月を反射させている情景も見事です。父子の微妙な関係が醸し出す家族愛と、滅びゆく故郷に対する郷愁と、SF的なアイデアが見せる荘厳(ジュアン・イエン)な風景が混じり合った超良い話ですね。

二〇一八年四月一日

なんともいえん雰囲気の作品ですね。かなり短いながらも、インターネット国家、人工冬眠、寿命伸長と様々なSF要素が登場して満足感が高いです。

特に人工冬眠は劉慈欣お得意のSF展開なので、キターって思います。ただし短いだけあって、三体や他の短編と違って冬眠から起きた後の姿は描かれません。もうちょっとしっかり書いて中編くらいの長さにすればめちゃくちゃおもしろい話になりまそうです。現時点でもけっこう好きですけど。

月の光

未来の自分から電話がかかってきて、このままだと気候変動で世界がメチャクチャになるぞ、と言われて未来のテクノロジーで化石燃料にかわるエネルギーを導入しようとするも、どれもダメで上手くいかない話です。

けっこう面白いですね~。化石燃料にかわるエネルギーとして、土から太陽電池をつくる技術と、地球内部に流れる電流を使う技術が出てくるわけですけど、どっちもメッチャおもしろいです。「未来を救う方法」みたいなどうでもいい話ばかり教えてくれるのに、肝心の地球を救う方法については何も教えてくれないのもおもしろいです。まあ、最後のほうになると嫌々教えてくれるんですが、それも救いのある話ではなく、結局なんもかんも上手く行かないバッドエンドな小説に仕上げられています。でも、それでも別にいっかと思えるような内容に仕上がっているのがうまいところですね。気候変動も、経済の動きも、地電気も、恋愛も、すべてカオスすぎて予測不可能で、予測不可能なことに未来から介入すべきではないんだと思います。しらんけど・・・。

あと、何回ループしても最終的にエネルギー(あるいは土地)が枯渇するオチになっている点については、おそらく「資源はなんであれ枯渇するから、常に枯渇の可能性を考えて発展しないといけない」みたいな寓意があるんだと思います。やはり制御核融合しかないのでは、と思いたいところなんですけど、この短編では制御核融合もほとんど成功していないので、結局いろんな資源に分散して、そして慎重に資源を使うしかないのかもしれないです。

人生

普通におもしろいですね~。実は人類は子供に記憶を遺伝させる機能を持っているのだけど何故か遺伝した記憶は決して思い出されることがなく新生児はなにも知らないまま生まれてくる、みたいな設定がある世界で、遺伝した記憶を思い出させるテクノロジーを使って胎内の子供に親の記憶を遺伝させる話です。しかし親の記憶を持った胎児は社会の厳しさを知り尽くしているので誕生を拒否してアンビリカルケーブルを引きちぎって自殺してしまう、というのが本作のオチです。

なるほど~って感じです。たしかに冷静に考えてみると、人生ってどう考えても幸福なことより不幸なことのほうが多いような気がしてくるわけで、しかし大体の人間は忘却という機能によって幸福なことのほうがギリ多いように感じるから今日も生きていけるのです。今おれが言ったようなことって誰でも考えるようなことではありますけど、それを記憶遺伝と胎内の子供との対話というSFギミックで実装している点はなかなかおもしろいですよね。その結果誕生するのが史上最年少の自殺者、というオチも、けっこうグロいですがおもしろいです。

これメッチャおもしろいですね~。この短編集の表題作になっているのも納得の出来です。VR三体で出てきた人列コンピューターの話の元ネタです。劉慈欣ってネイティブ中国人なだけあって中国の歴史や古典にめちゃくちゃ詳しくて、リアルな昔の中国描写は劉慈欣作品の売りの一つといってもいいです。いや、おれはネイティブ中国人じゃないので劉慈欣が描いている中国の歴史や古典がホンモノなのかどうかは判断がつかないんですが、少なくともおれにはホンモノのように見えるという話です。

三体で一度読んでいるものの、やはり人列コンピュータという発想はメッチャおもしろいです(劉慈欣が最初に考えたのかは知りませんが)。マインクラフトでコンピュータをつくる人とか時々現れますけど、ちょっとしたパーツがあればコンピュータくらい作れてしまうものなんだなあと思うとワクワクしますよね。三体でもありましたけど、エラーを起こした部品がぶっ殺されるシーンはなかなか迫力があって、やってる計算はアホっぽくても、やっぱり昔の中国っぽい殺るか殺られるかの世界なんだなあと思わせる緊迫感が伝わってきます。まあでも、昔の兵隊でも簡単な足し算くらいは教えればすぐにできるようになるでしょうから、ゼロとイチの二値で動かすよりはもう少し複雑な計算をやらせたほうが格段に計算速度が上がって捗りそうな気もします。

人列コンピュータとかいうアホっぽい事業が実は秦を滅ぼすための計略だった、という展開も超おもしろいです。SFではあるものの、いまより進んだ技術はまったく出てこなくて、それどころか秦の時代のテクノロジーだけで話を書いているのもなかなかすごいことだなと思います。劉慈欣って未来に対する想像力もイカついですけど、過去に対する想像力もイカついよなと思います。


終わりです。

老神介護と流浪地球についてもそのうち書きます。

せろりんでした。


円 劉慈欣短篇集 (ハヤカワ文庫SF)

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