本場の味屋に行くといいことがある

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おれのちょっとした趣味の一つに、本場っぽい外国料理のお店に行く、というのがある。

インド料理とかタイ料理とかベトナム料理とか、そういう日本人にあまり馴染みのない外国料理の店に行って、移民が作っている本格的な飯を食う。これが主な活動内容だ。本場の味活動、略して本活とでも呼ぶのがいいんじゃないかと思う。

本活は我ながらけっこう良い趣味だと思うので、どんな活動をしているのか紹介していこうと思う。

本場の味屋に行くぞ!

そういうわけで近所のインド・パキスタン料理のお店にやってきた。おれがよく行く本場の味屋さんの一つだ。

今日はビリヤニを食べに来た。流行ってきている料理だから知ってる人も多いだろうが、ビリヤニといえば、アジアで広く食べられているスパイス味の炊き込みご飯だ。

ここはインド・パキスタン料理と自称しているお店なのだが、たぶんお店の人はみんなパキスタン人だ。インド料理を名乗っているお店には、インド人以外が経営しているお店が割とある。おれは去年あたりにインドへ旅行に行ったのだけど、コルカタで知り合った不動産王の知日派インド人おじさんは流暢な日本語で「日本のインド料理店はほとんどネパール人がやっているじゃない」と言っていた。

おれの主観と偏見のデータベースを根拠に話すのだが、パキスタン料理とかバングラデシュ料理を自称しているお店のビリヤニは、うまい。

ビリヤニは炊き込みご飯なのだが、あまり売れる商品でもないので、やる気のない店はカレー用の白米をその場で炒めることでカレーチャーハン的なビリヤニを提供する。それはそれで美味いこともあるのだが、本場の味部が求めるのは本場の味である炊き込みご飯のほうだ。そして、パキスタン料理店やバングラデシュ料理店は何故だか知らないがどこもビリヤニに誇りを持っていて、極めて高い確率で炊き込みの本格的なビリヤニを出してくれる。

ビリヤニは日本人の口に合う料理だ。南アジアの本場の料理は日本人の口に合わないことも多いのだけど、ビリヤニは日本人がいきなり食べても美味しいと思うような分かりやすい味をしていると思う。

チャーハンのような原価が安そうな糖質だらけの料理なのかと思いきや、中には肉がゴロゴロ入っていてご馳走感もある。たいていの店で、肉はマトンとチキンの2択から選べる。おれのオススメはもちろんマトンだ。

アルーパコラなる、ジャガイモの天ぷらのような料理も頼んでみる。揚げたてのサクサクで、しかも複雑なスパイスの味がして素直にうまいと思う。

お店のテーブルには何故か地元の中古車販売店の宣伝が挟んである。

そして、代表取締役として田中さん(仮名)の顔写真と挨拶が乗っている。田中さん(仮名)は日本の苗字なのだが、下の名前はパキスタンだ。お店に通っていると気づくのだが・・・・・この田中さん(仮名)は、お店にときどき居る。そして、たいていは空いているテーブルに座ってる。

おそらくだが、田中さんはこのお店の経営者でもある。中古車を売るついでにカレー屋を経営しているか、そうでなければ、カレー屋を経営するついでに中古車を売っているのだろう。

お店に田中さんがいると、こころなしかパキスタン人の店員の動きが良い気がする。決して普段の動きが悪いわけではないのだが、田中さんがいるとコップの水が減ったときにすぐ汲みに来てくれる気がする。どこの国であれ上司には頭が上がらないのだろうか。

そういう、外国を感じられる体験こそが本場の味屋巡りの醍醐味だ。本場の味屋には本場の風が吹いている。

たとえば、八王子のベトナム料理店に行ったときは店の奥でベトナム人が爆音でベトナムの音楽を流しながら歌って踊って結婚式をしていた。

北海道のネパール料理店ではネパール人が「趣味の狩猟でとった鹿肉の、”肉のツケモノ”」とかいう聞いたこともない謎の料理をタンドール窯で焼いたものをニコニコしながらサービスしてくれた。

あるタイ料理店では、モチ米を頼むときにイキって現地の言葉で「カオニャオ」と言ったらぜんぜん通じなくて、タイ人のおばさんが微笑みながら正しい発音を教えてくれた。本場の味屋には本場の風が吹いている。

↑爆音結婚式をやっていたベトナム料理店。入店前に「結婚式やってて騒がしいですが大丈夫ですか?」と確認された。本場の味の証明だ。

本場の味部の掟

そんな感じで、食べ慣れたビリヤニと、食べたことのないイモの天ぷらを食べて家に帰る。これが本活をするときの典型的な一日だ。同じ店に繰り返し行ってもいいし、新しい味を開拓してもいい。

行くのは定番のアジア料理でもいいし、ガチ中華でもいいし、韓国料理でも南米料理でもアフリカ料理でもいい。既に知れ渡っている料理を食べに行ってもなー、と思うのでおれはあまり行かないのだけど、イタリアンやフレンチやアメリカンでも別にいいだろう。とにかく移民が作っている本場の料理を食べることが本活だ。カルディや輸入食品店で買った外国のインスタント麺やジュースや加工食品をいただくのも本活といえる。本活の形は基本的に自由だ。

しかし、おれがやっている本活には、いくつかマイルールというか、ルールというか、心構えというか、ポリシーというか、哲学というか、掟というか、とにかくそのようなものが2つだけある。ここではあえてバカみたいな言い回しとして「掟」と呼ぶが、なんと呼んでも構わない。これを守らないと、本活はただの食べ歩きになってしまう。「掟」は自分で決めて自分で守っているだけなのだが、似たような趣味の人はたいてい似たような心構えを持っている気がする。

掟① ホンモノの本場の味を追求すべし

たとえばインド料理店はネパール人が経営していることのほうが多いし、タイ料理店の中にはキラキラした日本人が経営しているオシャレ系のお店もたくさんある。

そういうフェイクのお店は、美味しいか美味しくないかで言えば大抵の場合メチャクチャ美味しい。実は、ネパール人が作るバターチキンカレーとチーズナンは世界一おいしい。彼らは自分の国に普及していない料理を何故あそこまで美味しく作れるのだろうか?

しかし、おれたちが求めているのは、美味しい料理ではなく本場の料理だ。ネパール人が経営するインド料理店に行ったら、挑戦すべきはメニューの片隅にあるモモ(ネパール餃子)やチャウミン(ネパール焼きそば)だ。

前項の目的を達するため、おれたちは一口目から美味しい料理を疑ってかからなければならない。美味しい料理は日本人に媚びている料理かもしれないからだ。

おれたちが望むのはホンモノの本場の味だ。日本人に媚びて味をローカライズしているような料理は、たしかに美味しいのかもしれないが、まごうことなきフェイクだ。おれたちの追い求めるものではない。フェイク料理を食うこと自体に問題はないし、おれも頻繁に食うのだが、本活中以外に食うべきだ。

おれたちは美味いとか美味くないとかではなく、リアルを求めている。もちろん最終的には美味しさも求めているのだけど、その料理が本当に美味しいのかどうか、審判を下すのは今日ではない。見切りをつける前に少なくとも3回は食べてみるべきだ。ドクターペッパーもルートビアもラーメン二郎も3回目からが本番だと言われている。外国人の多くは味噌汁の美味さを最初は理解できないらしいが、しかし和食の真髄は味噌汁にある。

ニューデリーで食べたすき家の鶏丼とラーメン。トリドンは美味しいし日本の味だが、なにかが違う。紅生姜の代わりに青唐辛子のオイル漬けがついてくる。醤油ラーメンは美味しいのだがパンチが足りない。

掟② 本場の味かどうか判断してはいけない

本場ネイティブではないおれたちに判断できるのは、あくまでも「本場の味っぽいか」「本場の味っぽくないか」でしかない。胸に手を当てて考えてみるべきだ。そもそもおれたちは、自分の国の料理ですら本場かフェイクかの判断が怪しいではないか。

もちろん、状況証拠の積み重ねで確度を高めることは可能だ。例えばバングラデシュ料理店のビリヤニはたいてい本格的だし、ネパール国旗があったり、店名がエベレストだったりするインド料理店はネパール人がやってる可能性が高い。スイートバジルではなく日本では入手の難しいホーリーバジルでガパオライスを作っているタイ料理屋はタイの味に誇りを持っているし、”南インド料理”と名乗っている店は確実に南インドの料理を出してくれる。ベトナム人が爆音で結婚式をやっているお店は、本場の味である可能性が極めて高い。おれたちは情報を食べている。そしておれたちにできるのは情報を食べることだけだ。

おれが「本場の味」とか「フェイク」とか、そういう定義が不明確でアホっぽくてバカバカしい言い方をあえて連発するのは、本場の味という概念のバカバカしさを強調したいからだ。おれたちは自分の国の理解ですらギリなのに、外国の「本場の味」をよそ者のおれたちが理解できると思ってはいけない。おれたちにできるのは、それっぽいものに迷いながら近づくことだけだ。そして本活のおもしろさはそこにある。

日本人にとってのコメを探す!

日本人はコメを食べて「日本人に生まれて良かった」とか言いがちだ。率直に言って、おれはこの定型句のことがかなり嫌いだ。論理的に間違っているからだ。

ドイツ人はイモを、フランス人はバゲットを、タイ人はタイ米を、メキシコ人はタコスを食べて同じことを言っているかもしれないだろう。確かに、大体の日本人が日本米を食べたときにハッピーになるのは事実だし、そのハッピーさは日本で育った人以外には体感しにくいのも事実かもしれない。だが、この2つが事実だったとしても、「だから日本人に生まれて良かった」と思うのは、論理的に正しくない。

日本人に生まれてよかったかどうかを明らかにするには、無数にある外国のコメ的存在と日本米とを比較し、そして全てに勝利しないといけないはずだ。しかし米ネイティブであってもタコスネイティブではないおれたちが審判をやるのは公平ではない。だからおれたちは、米くらい美味しいものや、米より美味しいものを見つけるために本場の味屋に行かなければならないし、その美味しさを理解するために「掟」が必要なのだ。

実際には本当にジャポニカ種のうるち米が世界で一番おいしい料理で、おれたちは本当に日本人に生まれてよかったのかもしれない。だが、ジャッジするのは今日ではないはずだ。

インド人に言わせると、日本人はカレーを舌でしか味わっていないらしい。インド人はカレーを手で食べることが多くて、そしてカレーの美味しさを手でも味わっている。米やカレーの温度や食感を指で感じているらしいのだ。これが本当ならとんでもない話だ。おれたちは舌でしかカレーを味わったことがないのだ。

この話を聞いてから、おれはたまに家で右手を使ってご飯を食べることがある。しかし手で味わうという感覚は未だによくわからない。いつかわかるのかもしれないし、わからないのかもしれない。しかし、リアルで真実な本場の味には、そういう深遠で遠大な文化の極みが存在すると、おれは素朴にも信じている。

↑本場インドで食べた魚カレー。スプーンが付いてきた。そしてまずかった。

本場の味屋に行くといいことがある

ゴチャゴチャと言ってきたが、とにかく移民が作る本場の味料理にはたくさんの魅力が詰まっている。そういう店を巡るのはけっこう良い趣味だと思う。

本場の味店にはリアルなマジが詰まっているような気がするし、外国の食文化を知っていくのは楽しいことだ。料理はたいてい美味しいし、さもなければワンダフルだ。外国料理を通して自らの文化を見つめ直すきっかけにもなるんじゃないかと思うし、海外旅行に行った気分にもなれる。

でもなんというか、おれが本場の味屋に行く理由は、そういう、本場の味屋が直接的にもたらしてくれるものとは違うところにある気がする。異文化理解とか、国際交流とか、食文化の相対化とか、オリエンタリズムとか、美食趣味とかいったような、そういう小賢しいのとは違う気がするのだ。おれは、そしておれたちはどうして本場の味屋に行くのだろうか。

ぜんぜん関係のない話なのだけど、おれが好きなアニメの、おれが好きなセリフの話をさせてほしい。なんてことのない素朴なセリフだ。

「うたごえはミルフィーユ」という、あまり有名ではないアニメがある。ネガティブをこじらせた性格の高校1年生・小牧ウタが、ちょっとしたことから高校のアカペラ部に出会い、それぞれ違った独自のネガティブさを持った部員たちと一緒にアカペラを歌う話だ。

https://utamille.com/news/post-124 より ©うたごえはミルフィーユ製作委員会 ©2022 UTAMILU

ウタというキャラが独特なのは、弱々しい割に、そこそこ愉快に生きているところにある。ウタはとてもネガティブで、卑屈で、気弱で、苦手なことの多い、つまりとても弱々しい主人公だ。しかしウタは、何故だか幼い頃から歌うことには積極的だ。

このアニメの6話は、文化祭で披露したアカペラの出来をめぐって部員同士でひどい喧嘩をしたまま終わってしまう鬱っぽい回だ。演奏が問題なく終わったお祝いムードの中で、クオリティに納得できずに激昂している向上心の強い一年生がいる。楽しく部活をしたいだけの部員が大声で反論している。泣いている部員がいる。この回の最後には、アカペラ部の先輩がウタに「なぜ歌を歌うのか」と質問する回想シーンが挿し込まれる。

このアニメのことを知らない人は、ウタがなんと答えたか想像してみてほしい。得意なことの少ないウタにとって歌がどんなものなのかを一言で表すセリフだ。

考えてみてほしい。歌うとスカッとするから?生きてるって感じがするから?周りが褒めてくれるから?……いろいろ思いつくが、どれもしっくりこない。すべて一理はあるのだが、歌が直接的に与えてくれることの、ごく一部だけを言っているに過ぎない気がする。

「わたしが歌う理由、ですか?」ウタは少しだけ考えて先輩の質問に答える。「歌ってるといいことがあるから、ですかね」

本場の味屋に行くのも同じ理由だ。いいことがあるから。

2011年撮影

本場の味屋に行くといいことがある。おれがよく行くタイ料理屋さんは、お会計のときに必ず「コップンカッ(ありがとうございました)」と言って手を合わせてお辞儀をするあの所作をしてくれる。あの所作にはワイという名前が付いていて、タイ人の真心がつまっているらしい。

あるペルー料理店では聴いたことのない音楽がずっと流れていた。おれにはなんの曲なのかわからなかったが、一緒に行った南米の音楽に詳しい人が「これ聴いたことある」と何回も言っていた。

北海道で大学生をやっていた頃、よく通っていたネパール料理店があった。ある時に神戸へ移転してしまったのだが、卒業して何年か経ってから、神戸の移転先へ学生時代の友人4人で訪れてみたことがあった。するとネパール人の店主はメチャクチャ喜んでくれたし、何故か皆で記念撮影することになった。店の看板には「インドカレー」「ネパールカレー」と大きく並べて書かれているのと同じサイズで、その下に「北海道スープカレー」と書いてあった。スープカレーはおれのオススメメニューだ。間違いなく本場北海道のスープカレーの味がする。

何年か前に行ったスリランカ料理店は、東京電力の管轄のはずなのに何故か営業中に何度も停電していた。それからおれは、スリランカとはそういう国なのだと覚悟してスリランカ旅行に行ってみたのだが、本場では停電なんて一度も起こらなかった。

中学生の頃、家族でインド料理店に行ったときになんとなく厨房を気にしていたら、南アジア系の店員がニコニコしながら調理風景を見せてくれた。赤熱しているタンドール窯の内側を見せてくれて、ナンの生地を手際よく伸ばす様子をデジカメで撮らせてくれた。本場の味屋には本場の風が吹いている。

TVアニメ『うたごえはミルフィーユ』ノンクレジットオープニング映像

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