せろりんです。ARIA The ANIMATIONの一話一話について感想を書きます。
も く じ 🐬
この記事は何?
せろりんはARIAが大好きです。ARIAは2005年のアニメなわけですけど、おれがARIAを見たのは18歳の頃で、つまり2015年頃です。
もちろん当時からメチャハマって多大な影響を受けてきたわけですけど、果たしていま見たらどう思うんだろうと思って今回は再視聴してみました。
おれがこういう記事を書こうと思ったのは、10年前に初見視聴したとき、2005年のアニメであるにもかかわらずネット上に感想がたくさん転がっていて非常にありがたく思ったからです。
実際、古いアニメの感想というのは非常に貴重です。昔はそれなりに視聴者がいたのに何故だか感想がネットにあまり残ってないアニメは世の中にたくさんあります。
ARIAは割と人気がありますし、熱心なファンも多いのでネットの海には相変わらず多くの感想が残ってますけど、とはいえ2026年の今、あえてブログの形式で新規に投稿されるまとまった感想はあんまり無いはずです。となると、おれもARIAファンの一員としてネットに感想を投げておいたほうがいいのではという謎の義務感からこれを書くわけです。
全部読むと超長いので気になった回だけ読んでもらえればと思います。
※ARIA全編のネタバレを含みます。
1話「その 素敵な奇跡を…」
あらすじ
地球からやってきた観光客のアイちゃんがアリシアさんのゴンドラを当日予約しようとするも当然失敗、どうしてもアリアカンパニーのゴンドラに乗りたいアイちゃんは”友達”だからと言い張って灯里のゴンドラにタダ乗りしようとします。で、友達の2人がじゃがバターを食べたりアリシアさん見物をしにいったりしてアイちゃんがネオ・ヴェネツィアの魅力を知る回です。
感想

おもしれー。記念すべき1話です。アイちゃんって実はアニメオリジナルキャラなんですよね。原作でも最後の方には逆輸入されて出てきますけど、序盤は存在していません。ちなみにアニメだとアイちゃんに向けて書かれているとされているメールは、原作だと灯里の発信するメルマガとして描かれます。
おれって昔はアイちゃんのことを「ヤベー女だな」「でも仲間になると割と常識あるな」としか思ってなかったですけど、改めてこうして見ると、なるほど灯里の”友達”だなって思います。
アイちゃんは、歳の離れた姉に新婚旅行でアクアを訪れたときの話を延々とされまくって、その結果アクアもネオヴェネも薄っすら嫌いになってしまったわけです。こういうのってありますよね。友人がおれの見てないアニメの話ばっかりしていると、なんとなくそのアニメが、見てもないのに嫌いになってしまうわけです。ところが、そこで「実際に来たら好きになるかもって」と思ってネオヴェネを訪れて、アリアカンパニーに電話までしてしまうのがアイちゃんのパワフルなところです。アイちゃんのこういうところって、いまになって思うと、かなりアリアカンパニー社員の適正がありますよね。そういうわけで、嫌いなものも、好きになるためのちょっとした努力で好きになることができる、みたいな主張をしている回です。
アイちゃん初登場回でありながら逆漕ぎ初登場回でもあって、地味にARIAっぽい要素が詰まりまくっているのが1話の魅力です。「逆漕ぎクイーン」が流れて灯里がものすごい勢いで逆漕ぎを始めるシーンには謎の楽しさがあります。イニシャルDでユーロビートが流れると嬉しいのとまったく同じ原理です。
一番いいセリフ
ふたりはどっちが上手なんですか?
2話「その 特別な日に…」
あらすじ
アクアアルタの日。ガミガミうるさい晃にキレてアリアカンパニーにプチ家出した愛華が、いろいろあって灯里に勝ったらアリアカンパニーに移籍できるという謎の条件でゴンドラレースをすることになる回です。その後いろいろあって、2人はレースを放棄して晃にくるみパンを買って帰ります。
感想
この回、いいですよね~。愛華がメチャ努力家であることに疑いの余地はないものの、とはいえ愛華は生まれながらにして老舗大企業・姫屋の跡取りなわけです。そして姫屋といえば宇宙一の水先案内店です。
ARIAカンパニーは1人あたり売上は強くても従業員2名+1匹の零細企業でしかなく、自動車メーカーで言えばフェラーリやマクラーレンのようなポジションにあります。オレンジぷらねっとは売上や実力は確かであるものの、歴史が浅く、格の高さと規模では姫屋に一歩劣ります。車で言えばテスラとかBYDなわけです。
一方で姫屋と言えば伝統も規模もピカイチで、車で言えばトヨタかフォルクスワーゲンに違いありません。姫屋はアクアで一番の水先案内店で、アクアで一番ということは宇宙で一番なわけです。そういう店の跡取りに生まれてしまった孤独やプレッシャーは想像を絶します。ARIAでは愛華の苦悩がそこまで深刻に描写されることはありませんけど、そりゃあまあ、いろんな苦労をしてきたはずです。で、その愛華に唯一まっすぐぶつかってくれるのが晃で、ちょいちょい反発しながらも愛華は晃を割と尊敬している、というのがこの話です。
この歳になって見ると、晃さんに感情移入してしまう部分もあります。まあ晃さんは20歳(!)なので、実はおれ(29歳)よりぜんぜん年下ではあるんですけど・・・。やっぱり不安ですよね、後輩が自分のことをどう思っているのかって。だからレースをして愛華の気持ちを確かめよう、なんて考えてしまうわけです。ぶっちゃけ、晃さん以外の全員は、愛華の気持ちくらいわかっていたはずです。天下の姫屋の跡取りがARIAカンパニーに転職、なんてことになればアリシアさんはとても困るはずで、なのにアリシアさんはゴンドラレースが始まっても口を挟もうとしません。愛華だって、跡取りの自分がARIAカンパニーに入ったらどんなことになるのかなんて、本人が一番よくわかっているわけです。愛華がレースで本気を出さないことなんて、アリシアさんも愛華も灯里も心の底ではわかっているのに、晃さんだけがわからないのです。
途中で愛華がくるみパンを買いに行くのもメチャクチャいいんですよね。べつに、普通にごめんなさいするだけでも晃さんは許してくれそうな気がしますけど、ちょっとした嬉しさを添えてお詫びをするのがARIAっぽくてメチャクチャいいです。その帰りに、アクアアルタでいつもと違って見えるネオヴェネの姿を発見するのもARIAっぽくてめちゃくちゃ好きです。
一番いいセリフ
女の子はね、髪型を変えると歩き方まで変わるのよ
3話「その 透明な少女と…」
あらすじ
アリス初登場回にして暁初登場回でもあります。待ち合わせの暇つぶしに灯里のゴンドラにタダ乗りしようとする暁をアリスと二人で案内する話です。
感想
ウオ~メチャいい回ですね。初期アリスって操船技術だけは天才的だけど、それ以外の部分はイマイチ、みたいなキャラです。初期灯里はウンディーネをするために生まれてきたような性格でありながら操船ステータスのほとんどを逆漕ぎに振ってしまい、順漕ぎだけはレベルが低い人間です。つまりアリスと灯里は真逆の存在と言ってもいいでしょう。そのアリスが、灯里との出会いを通して、自然に笑うこと、あるいは心を開くことが少しできるようになる話です。
アリスって3人の中で一番若いだけあって悩みの多い性格で、何事も難しく考えすぎるところがあります。なんといっても灯里のきわめて自然な笑顔を見て「ヘラヘラしてる」「自分の気持ちにウソついて愛想笑いなんかして」とか思うくらいです。
灯里は人間としてある種の完成がなされていますし、愛華もなんやかんやかなり大人な性格なので、逆に3人の中で一番共感できるし一番応援したくなるのはアリスなんですよね。そういうわけで、アリス回はどれも良い回なんですけど、特に映画「ARIA The CREPUSCOLO」がめちゃくちゃ良かったのでおれは感想記事を1本書いています。
一番いいセリフ
もみ子はもみ子でいいんだよ!長いモミアゲしてんだから
4話「その 届かない手紙は…」
あらすじ
アリア社長に連れられて迷い込んだ路地で、鈴をつけた少女に手紙を渡されて配達を依頼される灯里。しかし住所を調べてみるとそこはアクアの開拓基地で、もう稼働していないはずの基地に手紙を届けに行くと、そこには宛先の人の墓があって、ネオヴェネに帰ってみると手紙を渡された路地にはもう行けなくて、みたいな話です。
感想
アリシアさん、花屋のスクーターで追っかけてくるのワイルドすぎ!
めっちゃいい話です。まずアリア社長に連れられて存在しないはずの路地に迷い込むあたりがかなりARIAっぽくて、見ていて「良いな~」って気持ちが込み上げてきました。手紙を渡した少女が実は差出人の飼い猫だったというオチもかなりARIAっぽいですね。ARIAでは猫には神秘的なパワーがあるとされています。
さて、このアニメの原作の名前も「ARIA」ですけど、初期は「AQUA」というタイトルで連載されていました。ARIAはイタリア語で”空気”で、AQUAは”水”ですから、水や空気はこのアニメを考える上で非常に重要なキーワードだといえます。
で、この話は、開拓基地で水を採掘していた作業員にまつわる話です。ARIAでは水は非常に重要な意味を持っています。例えば12話「その やわらかな願いは…」は、水が流れてくるだけなのにめちゃくちゃ泣けるシーンが存在しているくらい、そのくらい水に焦点を当てた話がARIAにはたくさんあります。
今回の話は、表面的には、採掘するものが例えば石油だったり、ゴールドだったり、ヘリウムだったりしてもそれなりに成立しそうです。けど、やっぱりこの話は水じゃないとダメなんだと思います。水は家族のもとに届いて実際に生活に直接関わるわけですから、水の採掘をテーマにすることは人とのつながりをテーマにすることを意味しているのです。
ところで、おれたちが吸っている一呼吸分の空気の中には、クレオパトラが吸った空気の分子がかならず含まれているらしいです。何千年も前に死んだ伝説的な人間の吸っていた空気が地球上のどこにでもあるというのは実に不思議な感じですけど、それこそが空気(あるいは水)の不思議なところなんだと思います。手紙が差出人から受取人に届くように、水もまた、受取人が採掘したものが無限に薄まってやがては手紙の差出人のところまで届くのです。アクアの人が周りの人のやさしさに支えられて生きていることを、水と手紙の2つのアイテムを使って表現している話です。
一番いいセリフ
足つぼ職人?アリシアさんが通販で買ったんですね
5話「その あるはずのない島へ…」
あらすじ
謎の差出人から「ネバーランドへの招待状」をもらった灯里。指定された島に行ってみると、そこには晃さんとアリシアさんがいて、地獄の特訓がスタートする――みたいな話です。
感想
これ、なんか地味な回って記憶がありましたけど、改めて見るとメッチャいい回です。わりと大事な回でもあるかもしれないです。
「だって、思い出は、忘れてしまうけど捨ててしまうわけではないでしょ?大切なものは捨てられない。心の引き出しの奥には、ちゃんとしまってあるのよ」
「そうか、そういうことなんですね。忘れたはずの思い出は、私の中で眠っているんですね」
「ちょっとしたきっかけでひょっこり顔を出すと、うれしいような、照れくさいような、不思議な気持ちになる」
これメッチャいい会話ですねえ!アリシアさん、流石にいいこと言うな~って思います。作中で灯里のリボンを通して表現しているように、忘れていた記憶がふとしたきっかけで蘇ることは割と日常でも体験する現象です。このありふれた体験を「思い出は、忘れてしまうけど捨ててしまうわけではない」と表現するのがメチャいいですね。
「なんか、素敵なことがいっぱいの一日でした」
「それは灯里ちゃんが素敵だからよ。素敵な人の目には、世界は素敵に映ってくれるのよ」
これも大事なセリフですね~。実はARIAで一番重要なセリフ説もあります。
ARIAを見て「ネオ・ヴェネツィアに移住したい」みたいなことを言うファンって結構居ます(もちろんおれもその一人です)。
しかし冷静に考えてみるとどうでしょう。ネオ・ヴェネツィアなんてろくな場所じゃないはずです。何もかも不便で、ちょっと移動するだけでいちいち船に乗らないといけなくて、コンビニなんて無いし、街はドブ臭くて、家の外からは常に波と海鳥のやかましい鳴き声と「ゴンドラ通ります」の絶え間ない叫び声が聞こえて気が狂いそうになるに違いありません。じゃがいもはカットされていないし、街はイタリアンマフィアが支配していて、そのへんを歩くだけで常にスリを警戒しないといけないのに、警察は汚職だらけで機能していません。空を飛ぶバイクのような超危険な乗り物が普及している理由は、船中心の移動があまりにも不便で、しかも地上にはスリがわんさかいるからに違いないのです。街のキャパシティを超える観光客を行政が何も考えずに受け入れ続けるせいでオーバーツーリズムの状態が何十年も続いていて、ネオ・ヴェネツィアは、もはや人の住める場所ではないはずです。
まあ、今言ったことはほとんどおれの妄想で、ネオ・ヴェネツィアは流石に治安だけはいいのかもしれませんけど、それにしても住みにくいことには違いありません。
実際のところ、作中でもネオ・ヴェネツィアは非常に不便な場所として描かれます。にもかかわらず、灯里がネオ・ヴェネツィアで幸せに暮らしているように見えるのは、灯里が素敵な人だからにほかなりません。ARIAの世界がなんらかのユートピアに見えるのなら、それはARIAの世界がすばらしいのではなく、それを見ている人がすばらしいのです。
一番いいセリフ
灯里さん。今日のメール、素敵って言葉、34回も使ってる。
6話「その 守りたいものに…」
あらすじ
なんでもできる右手に対して、左手はなにもできません。そんなわけで左手おしおきキャンペーン中のアリスに連れられて、灯里はオレンジぷらねっとの寮にお泊りすることになります。ペット禁止のはずのアリスの寮に居たのは「まぁ」と鳴く子猫でした。夜、寝ていると猫が大声で鳴き出して、周りの寮生に猫を飼ってることがバレそうになります。すると、同室のアテナ先輩は猫の鳴き声を隠すようにカンツォーネを歌うのでした。で、灯里は言うのでした。「左手はそれほどへたれじゃないかもよ」
感想
いい回ですね~ガチで。おれみたいな、大昔にARIA見た勢の記憶にも残ってる回なんじゃないかと思います。おれは先輩後輩コンビで言うとオレぷらコンビが一番好きで、映画三部作でもCREPUSCOLOが一番好きです。なんでこのコンビが好きなのかの理由が、この回には全部詰まっているような気がします。ふたりとも、お互い助け合っていて、でもそのことにまったく気づいていないわけですね。ふたりとも同じようなタイプなのになぜか上手く回ってるところも良いなーと思います。まあでも、この回は完成度が高くて話もわかりやすいので、こうやって感想を書こうと思っても特に言うことが無いですね。強いて言うとしたらまぁ社長が生茶パンダすぎるということくらいでしょうか。
一番いいセリフ
アリア社長のもちもちポンポンがでっかいピンチですから
7話「その 素敵なお仕事を…」
あらすじ
晃さんの客の新婚夫婦といっしょに実地訓練をする回です。新婚のお客さんを連れて訓練をしているうちに土地勘の無い水路に迷い込んでしまい、潮が満ちて出口が無くなってピンチになるも、なんやかんや脱出できてめでたし、みたいな話です。
感想
正直に言うと、終始ヒリついててあんまり得意じゃない回です。ガイドブックばっかり見てる新婚の旦那が、晃さんに「少しはご自分の目でネオ・ヴェネツィアを楽しまれてはいかがですか」とか言われてちょっとキレてしまい、その拍子にガイドブックを水路に落としてしまうシーンとかヒリつきがマックスに達していてヤベーと思います。
おれは、あらゆる旅行は完全に自由であるべきだと思っているので、別にガイドブックばっかり見ててもいいじゃんと思ってしまって話の趣旨にそこまで共感できないです。まあ実際、お客さんの旅が新婚旅行としてうまく行っているようには見えないのも事実なので、おせっかいを焼きたくなる気持ちも全然わかりますし、おせっかいで結果的にいい感じになってるならそれでいいような気もします。
とはいえ、それをアニメで見たいかと言われるとそうでもありません。実際おれはけっこう旅好きなほうですけど、わりと旅行中ずっとツイッターを見ていたりして、でも全然楽しいんですよね。まあでも、最後はピザ食ってハッピーエンドで良い感じに収まってるので、別にいいか、とも思います。晃さんの「本気で頑張って反省してる人を叱っても無意味っしょ」ってセリフはやっぱりいいですよね。
一番いいセリフ
でっかいです
8話「その憂鬱な社長ったら…/その イケてるヒーローってば…」
あらすじ
佐藤順一監督アニメ特有の謎の猫回ですね~。アリア社長がプチ家でするAパート、ヒーローごっこにハマっているアリア社長がそのへんで拾った人形を落とし主の女の子に届けるBパートから成っています。
感想
いいですね~。ARIAといえば猫みたいなところがあります。夏への扉とか猫の地球儀とかを指して猫SFなんて呼びがちですけど、よく考えるとARIAはすこしSFなので猫SFだと言ってもいいかもしれません。
「きっと神様が届けてくれたんだよ!ありがとう」
ところで、アクアの猫といえば謎の神秘の力を宿している存在として描かれます。特に青い瞳の猫は「幸運の守り神」だとされています。そんな猫連中は、はたして普段何をしてるんだろう、と気になってしまうわけですが、そんな状況でアリア社長の1日を克明に描いているのがこの話です。
もちろん、神秘の力を宿す猫の1日を克明に描いてしまったら、神秘の力はたちまち神秘ではなくなってしまうような気もします。神秘の力は仕組みがわからないからこそ神秘なわけで、その秘密を明かすことはタブーです。ところが、この話を見てみると、社長はやっぱり予想通りポンコツで、われわれの予想の斜め上を行くことしかしていません。明かされるべき秘密など何も映っていないようにしか見えないわけです。けど、人形を無くした女の子からすると「神秘の力」としか言いようが無い出来事が起きていて、秘密を保ちながら神秘の力の源を描いているのがこの話です。
一番いいセリフ
わ、わたしはそのようなものでは・・・
9話「その 星のような妖精は…」
あらすじ
いまの練習のままじゃまずい、と思った愛華が、特別な指導を受けるためにグランマの住む日本の田舎っぽい場所を尋ねる話です。
感想
これ、めっちゃいい回ですね~。グランマの住んでいる場所で栗を拾ったり芋を掘ったりして休日を過ごす回としてのほっこり感がメインでありつつも、後半はARIAの真髄と言ってもいいような話が展開します。
けっこう大事な話をしている気がしつつも、でもやっぱり、日本の秋の休日を描いたほっこり癒やしムービーとしての完成度がどう考えても圧倒的に高くて、メッチャいい気持ちで視聴することができました。ARIAってほっこり癒やしアニメみたいな感じを出していますけど、実はドキドキする回とか、かなりファンタジー入ってる回とか、ちょっと説教っぽい回とか、死ぬほど泣ける回とかあって、シンプルにほっこり癒やされる話って、言うほどは多くはないです。でもこの回はかなり純度の高い癒やしが描かれていて、映像とかBGMもめちゃくちゃ美しくて最高です。
この回の本質の半分はシンプルな癒やしアニメーションの部分にあるわけですが、もう半分を占める要素のエッセンスとなる会話といえばこれでしょう。大昔にARIAを1回だけ見たような人でも、このやりとりは印象に残っている人も多いんじゃないでしょうか。
「あの子はなんでも楽しんでしまう名人なのよ」
「楽しむ…」
「そう」
「たったのそれだけなんですか?」
「そう。たったのそれだけ」
「でも、それだけじゃ、苦しいときや悲しいときはどうすれば」
「そうねえ。そんなものは、より人生を楽しむための隠し味だと思えばいいんじゃない?自分の中で変えてしまえばいいのよ。なんでも楽しんでしまいなさいな。とっても素敵なことなのよ、日々を生きているってことは。」
「楽しんでしまう」だけで何もかも上達すると主張するグランマに「苦しいときや悲しいとき」のことを聞いてしまうのが愛華という女です。愛華って姫屋の跡取りとしていろんなものを背負いながら修行をしているわけで、流石に背負っている重荷の全部を真に受けているわけでは無いっぽいものの、それなりのプレッシャーを感じているのも事実なわけです。だからアリアカンパニーを一人で背負いつつも、人生の全部を楽しんでいるかのように見えるアリシアさんに憧れてしまう部分があるんだと思います。で、そのアリシアさんの師匠から帰ってきた答えは「隠し味だと思えばいい」です。
おれが通っていた大学の校医の精神科医が、講義で「あなたたちは鋼のメンタルではなく水のようなメンタルを身につけるべきだ」と言っていたのを思い出します。要するに、外から打撃が加わっても弾くのではなく、自在に形を変えて力を受け流すような精神を身につけるべきだと言っているわけです。この講義の話はARIAと全然まったく関係ないんですけど、考え方はメッチャARIAっぽいですよねえ。「隠し味だと思えばいい」理論は言い換えれば水 AQUAのような(あるいは空気 ARIAのような)メンタルを身につけるべきだという主張とだいたい同じです。アリシアさんは水の妖精なので、とうぜん水のようなメンタルを身につけているわけです。おれたちは妖精ではなくて人間なので「隠し味だと思えばいい」を100%実行することなんてもちろんできませんけど、でもまあ、少しくらいはそういうメンタルを身に着けたいところです。
それはそうと、グランマが住んでいる「城ケ崎村」ってどこのことなんだろうと調べてみたところ、どうも伊東っぽいことがわかりました。この作者、伊東好きすぎでしょと思います。
一番いいセリフ
でっかい敏感です
10話「その ほかほかな休日は…」
あらすじ
冬の始まりの日、雪虫に懐かれてしまった灯里がネオ・ヴェネツィアで温泉を満喫する話です。
感想
これマジでめちゃくちゃいい回ですね~。ARIAには日常系アニメっぽい回と、そうでもない回があります。日常系アニメは日常性こそを尊ぶアニメですから、大きなイベントが起きたり、なにかと戦ったり、なにか大切なことを知ったり、苦難を乗り越えて大きく成長したりするような話は、どれだけすばらしいエピソードだったとしても日常系アニメという尺度で見れば必ずしも良い回とは言えません。良い日常系アニメとは、日常そのものを楽しく幸福に描いているアニメのことです。ARIAってほのぼの癒やし日常系アニメみたいな感じを出していますが、意外と心を動かされる回も多いです。一方でこの回は、ほのぼの癒やし要素にすべてを振っていて日常回としての完成度がめちゃくちゃ高いです。おれは日常系アニメが大好きなのでこういう回がマジで好きです。
優れた日常系アニメの唯一の欠点は、感想を書くのが難しいという点です。おれは日常系アニメがめちゃくちゃ好きで、ARIA以外にもいろいろ見てるんですが、好きな日常系アニメほど特に文字に起こして伝えたいことがないので感想が書きにくいというジレンマがあります。そういうわけでこの文章はこれで終わりです。
雪虫といえば北海道です。おれは数年前まで北海道に住んでいて、マンホームの雪虫が大量発生している現場に居合わせたことがあって、そのときの日記をこのブログに投稿しています。
おれはARIAを見てから北海道の本場の雪虫に出会ったので、アニメと全然違うやんけと当時思いました。本物の雪虫は羽虫に蝋がくっついたような構造でまあまあキモくて、チャリで走ってると目に入ってきてすぐ目を洗わないと3日は目が痛いので最悪です。一方でアクアの生き物は組織が肥大化しがちなので雪虫もかわいい感じになってていいなーと思います。
一番いいセリフ
もたもたドジ子禁止
11話「その オレンジの日々を…」
あらすじ
合同練習を終えてアリアカンパニーに向かうと、そこにはアテナ、晃、アリシアの3人がいて、3人からシングルだった頃の思い出話を聞く回です。
感想
これ、ガチのマジでいい回ですね。おれが一番好きな回かもしれないです。挿入歌でシンフォニーが流れる回です。ファンの間でも人気のエピソードで、ARIAのエピソードで人気投票をやったら間違いなくこれが1位になると思います。あんまり覚えていない人でも、このセリフを聴けば、こんな話あったなと思い出すんじゃないでしょうか。
「たしかに、いまのままではいられないと思う。時間はときに優しく、ときに残酷にすべてを変えていくものだから」
「そうですよね。わかっています」
「でも、すくなくとも私には、今だってまんざらじゃないのよ。お仕事は楽しいし、それに、かわいい後輩たちもできたし、とか…」
「うん。アテナちゃんの言う通り。あのころの楽しさに囚われて、いまの楽しさが見えなくなっちゃったらもったいないものね」
「あのころは楽しかった、じゃなくて、あのころも楽しかった、だな」
「きっと、ほんとうに楽しいことって比べるものじゃないのよね。あの頃も、いまも、これからも、一緒にいる人と過ごす時間の中に、いくつもの、小さな楽しいことが、生まれては消えていく。その一つ一つを捕まえることができたら、たのしいことは尽きることがないのよ。いつまでも、ずっとね」

で、帰り際にアリスと愛華を見送った灯里は、つい寂しくなってしまって大声で2人を呼び止めてしまいます。これこれ!この回マジでいいんですよね。何回も見た回です。
歳月が経っても楽しいことは続いていくから悲観などする必要は無いと理解していて、あの頃の楽しさよりもいまの楽しさに目を向けるべきだと理解しているからこそ、いまの別れが寂しいのです。
おれがこの回を見てから10年くらい経ったわけですが、いまでも付き合いがあって今後も続いていくであろう友人もいれば、新しく出会った友人もいて、そしてもう会わない友人も居るわけです。おれはだから、昔の友人とか、灯里たち3人の姿を比べて、おれはいま昔より楽しくやれてるだろうかと考えてしまうのです。それって3人も同じで、「ほんとうに楽しいことって比べるものじゃない」のだとしても、昔を思い返すのをやめることは誰にもできません。アリシアさんたちも、ああは言っているものの、過去や未来といまを比較するのを完全にやめてしまったようには見えません。「あのころは楽しかった、じゃなくて、あのころも楽しかった」は彼女たちが実際にそう思っているのではなく、きっと、そう思おうとしているだけの話なのです。この話は今こそが楽しいのだと割り切ってしまった人の話ではなく、そう思おうと努力している人達の話で、別れ際にこみ上げてくる涙は過去になっていく今という時間に対する惜しみの涙なのです。
ARIAの登場人物は、見かたによっては悟りに近い境地に達していると思えるわけですけど、実際にはそんなことはなくて、心のなかに大人らしさや、あるいは子供らしさをいつまでも持っているんですよね。ARIAは時間そのものを描いたアニメです。
一番いいセリフ
大声で名前呼ぶの禁止ー!
12話「その やわらかな願いは…」
あらすじ
大雪の日、ネオヴェネに古くからある屋根付きの橋を見に行った灯里が橋を渡ると、その先には何故か雪が降ってなくて、話を聞くとどうも過去のネオヴェネにタイムスリップしてしまったようで、灯里はネオ・ヴェネツィアにはじめて水がやってきた日を目撃するのでした。みたいな話です。
感想
これガチでいい回ですね~。ARIAってなぜか現実のヴェネツィアが舞台なのではなく、テラフォーミングされた火星につくられたヴェネツィアを模した都市が舞台で、一見するとよくわからない不自然な設定な気もします。なんでそういう設定なのか考えてみると、もちろんいろいろ思いつきますけど、やっぱり「こういう話をやりたいから」がかなりデカいと思います。
「水が来ればアクアにもっと人が増えるわ。この街もやっと賑やかになる」
「そうですね」
「おいしいパン屋さんや小さなカフェ、かわいいお花屋さんや、いろいろなお店ができると思うのよね」
「あきこさん、それ一人で全部やってますね。自分でやるのって楽しいですよね。」
「そう。自分でウッドデッキつくるなんて、マンホームでは考えもしなかったけど」
「あ、そっか」
「何?」
「アクアが手作りの星なんですよ」
なによりこのセリフがいいですよね。アクアは手作りの星。もちろんテラフォーミングをするとか、水を採掘するとか、重力を制御するとか、そういう大事業は基本的に政治やビジネスによって行われたんでしょうけど、もう少し身近な、水路を整備するとか、街を作っていくとか、細かい部分は住人によるDIYで成立しているわけです。おれってDIYを取り扱ったアニメがけっこう好きなんですけど、ARIAは実際にDIYをするシーンはそう多くありませんが、精神的には明らかにDIYを取り扱ったアニメなんだと思います。
おれはこの回、めちゃくちゃ好きなんですよね。なんでかわからないけど昔のアクアの人たちに感情移入してしまって、今回もダメだろうなと思いながらも水路を眺めていたら水が来たときの気持ちが流れてくるようで、ガチで泣いてしまいます。ただ水が流れてるだけなのにめちゃくちゃ泣けるんですよね。ARIAは時間そのものを水 AQUAの流れのように描いたアニメです。
一番いいセリフ
偉そうにするな、ガチャモン
13話「その まっしろな朝を…」
あらすじ
24月31日の大晦日、広場は年明けを待つ人で大騒ぎ!ネオヴェネツィアにはアイちゃんが遊びに来ていて、鈴の音を追いかけて路地を進むと、そこには昔のアクアの景色が広がっていて…。
感想
これガチで言うことない回ですね~。優れた日常系アニメは書くことがないものです。
年明けが最終話なのが、なんというかオシャレですよね。これでひとまず終わりだけど、これからもいいことがある、みたいな終わり方で、日常系アニメの最終話の最適解ってこれか~と思います。しかもこの回の放送日は2005年の12月の末だったらしいです。リアルタイムで見たかったですね。
この最終話からARIAファンは2期のThe NATURALが始まるまでかなり待たされてつらかったんじゃなかろうか、と推測してしまうところですが、実際は2006年の4月に2期が始まったそうです。ARIAは1期を1クールやった後に1クールだけ空けて2期を2クールやっていたんですよね。今時は1クールアニメが基本で、よっぽどうまく行ったら2期を1クールで作って、それもうまく行ったら3期を1クールで作って、みたいなスローペースですから、ARIAのハイペースっぷりは時代を感じます。
アイちゃん参戦でJust for youが流れるのもいいですね!ARIAの曲ってほとんど全部がしっとりしてますから、Just for youみたいなテンションの上がる曲が来るとギャップでテンションが上がります。
路地に迷っているうちにガラスを落としてしまって、それを辿って帰るシーンもいいですよね。ARIAってわりと直球の表現が多くて、こういう、メタファーをちりばめる話ってあんまりありません。迷っているうちにガラスを落としてしまうけど、それを辿って拾いながら帰るというのは、ARIAの世界そのものを表している気がします。
迷い込んだ先で昔のアクアと出くわしつつ、最後は今年1年を振り返って、次の1年のことを考える、という構成はマジで見事です。ARIAは時間そのものを表現したアニメです。流れていった時間、流れていく時間、流れてくる時間、そういうのを、点ではなく線で、つまり水 AQUAや空気 ARIAの流れのようにゆったりと表現しているのがARIAです。ARIAって日常系アニメにしては珍しく、ある時から時間が加速していって最終話では将来の灯里たちの姿が描かれるわけですけど、そういう作風になっているのは、ARIAが時間そのものを描こうとしているからにほかなりません。
一番いいセリフ
でっかい意味不明です
終わり
そういう感じです。NATURALも近いうちに見て感想を書きます。
みなさんもARIAを見た感想をネットに残しましょう。
せろりんでした。





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