8年くらい前に北海道の米農家でバイトをしていたことがある。新年度になると大学生協の求人掲示板に毎年掲載される初夏の定番短期バイトだ。GWの5日間ほどを手伝う。おれはこのバイトに2回、つまり2年連続で参加した。時給はたしか1100円か1200円だった。当時の北海道の最低賃金が800円ほどだと考えると割が良い。
面接などというものはなく、電話1本で採用が決まる。農家は自宅から車で1時間ほどの場所にあって、そこそこ規模の大きい米農家だ。仕組みはよくわからないが、どうやら法人として農家をやっているらしく、雇用主は家族からも「社長」と呼ばれていた。社長はギリギリ高齢者と呼べるくらいの歳で、いつもサングラスをかけていた。


主な仕事はコメの苗を作ることだった。まず行うのは、プラスチック製の平たい容器(苗箱と言う)に土と種を充填することだ。農家の納屋みたいなところに、自動で土と種と多少の水を苗箱に詰める専用の謎装置があって、空の苗箱をベルトコンベアに通すと完成品が出てくる。この苗箱をトラックに乗せられるだけ乗せたら、次にこれをビニールハウスまで持っていって一面に隙間無く敷き詰めていく。温かいハウスにしばらく置いておくと種が発芽して田植えができる状態になるらしい。
どちらも単純な上にハードな仕事だ。特に、ハウスに苗箱を敷き詰める作業は、敷き詰めた数のぶんだけサウナでスクワットをしているようなものだから本当にキツかった。肉体的なキツさだけで言えば、これまで経験してきたすべての労働の中で一番キツかった。
当時のおれは、趣味で山に登っていたり、筋トレをしていたり、自転車で1日180キロとか走ったりと、そこそこワイルドだったはずだ。それでもおれは当然のようにひどい筋肉痛になった。帰り際に社長宅で給料を受け取ると同時に、社長がため込んでいた保険適用のシップをもらった。そしておれは時給1100円か1200円というはした金を受け取って、社長のベンツで家まで送迎してもらって帰った。シップはまったく効かなくて、世の中はなにかが大きく間違っているのではないかと思わないでもなかった。
それはそうと、社長は非常に自由で合理的なモノの考え方をする人だった。大変なことは仕組みか機械で解決するという考え方を当然のようにできる人だ。ベンツを買えるのはこういう人なのかと思った。たとえば、学生生協に求人を出して繁忙期だけ若者に働きに来てもらおうという取り組みは、恐らく社長の合理性によって行われているものだった。社長は当時の高齢者にしては珍しくiPhoneを使いこなしていたし、パソコンでExcelをバリバリ操っていたのも印象的だった。バイトはきつい肉体労働だったが、そこそこの頻度で休憩時間をくれたし、熱中症にならないようにスポーツドリンクやお菓子なんかを差し入れしてくれた。農家と聞くと、なんとなくワイルドな方々なんじゃないかという偏見があるが、社長は会話の端々からインテリ経営者っぽさが漂っていた。
社長のことで印象に残っているのは、「農家は決して家に土を入れない」という話だ。お昼は社長の家で弁当を食べるわけだが、社長の家には玄関が二つあった。正式な玄関と、農作業から帰るときに使う玄関だ。そして家に入る際は正式じゃないほうの玄関で必ず土をすべて落としてから家に上がる。農家はどこもそういうものなのだと言っていた。
この話はけっこう示唆に富んでいるような気がする。プロ意識とはプライベートでも常に仕事のことを考えていることだと当時のおれは漠然と思っていたが、実はそれとは真逆のタイプのプロ意識も存在するんじゃないかと思った。おれはいま、アマチュア陶芸家としてアパートの一室を陶芸部屋に改造して趣味で時々ロクロを回している。陶芸部屋はけっこう土だらけで引くほど汚いのだけど、社長に敬意を表して部屋の外は粘土で汚さないようにしている。
似たような話だが、社長の奥様と休憩中に雑談で「農家の人ってやっぱりあんまり野菜とか買わないんですか?」と聞いたら、「そんなことはない」「普通にスーパーや道の駅で買う」と言っていたのが印象に残っている。まず、農家だからといって何でも育てている訳では無いと言っていた。社長のお宅はほとんど米しか作っていないらしい。そして、もらったりあげたりといったご近所づきあいは面倒だからそんなに頻繁にはしないとも言っていた。農家というのはご近所付き合いをガチっているものだと思っていたし、社長も奥様も気さくな人だから「ご近所付き合いが面倒」みたいな感情があること自体が意外だったが、言われてみればそれもそうか、と思った。これもある種のプロ意識なのかもしれない。
おれはこのバイトに2年連続で参加した。一年目は、社長か、社長の奥さんにベンツで片道1時間かけて送迎してもらっていた。しかし2年目はおれが免許を取ったので、通勤用に軽自動車を貸してもらうことになった。ラッキー、と思って、おれはその車を勝手に通勤以外のことに使っていた。例えばバイト終わりにラーメン屋に行ったり、遠くて安いスーパーに買い物に行ったりとエンジョイしていた。いま思うと良くないことだと思うし、当時も良くないことだと思っていたが、車を自由に使う魅力には勝てなかった。そして朝になると、一緒に短期バイトとして雇われていた同じ大学の年下のナヨッとした青年を連れて社長の家に向かった。送迎も仕事のうちだったのだ。
ある朝、社長に借りた軽で近所の集合場所に着くと、同じ大学のナヨッとした彼は左後ろの席に座った。別に仲がいいわけでもないので会話する必要のないポジションに座ってくれて助かったと思った。しかしバイト先に到着すると、社長は「左後ろはお客さんが乗る席だ。助手席に乗るのが普通なんじゃないか」と、よくわからない部分で不機嫌になっていた。一緒に働く仲間なんだから上座に座るんじゃなくて助手席で助手をしろということなんだろう。このエピソードに特にオチは無いのだけど、そういうどうでもいいことには拘らない人だと思っていたからけっこうビビった。
ある日おれは、ナヨッとした彼と2人がかりで、相変わらず苗箱を作る作業をしていた。仕事は簡単だ。空箱を装置に入れると、ベルトコンベアから完成した苗箱が出てくる。おれたちバイトは土の詰まった重たい苗箱を両手で持ち上げ、準中型トラックに持っていく。とても簡単で極めて退屈な単純作業なのだが、この作業には問題があった。トラックから装置に向かってくる人と、装置からトラックに向かっていく人とで同じ動線を通るので、お見合いになってしまうことがあるのだ。大きな問題ではないが、これが起こってしまうと、重い苗箱を抱えた状態で立ち止まる必要があって体力的に疲れる。そしてなによりも気まずい。
少し考えて、おれは解決策を思いついた。「同じ場所を往復するから動線がかぶってしまうんだと思います。一人は最短距離を通って、もう一人は少し大げさに遠回りをして移動しましょう。ただしこれだと遠回りをする人が大変なので、ときどき入れ替えましょう」…大した案ではないが、これが実にうまく行った。
バイトがこういう提案をするのは意外と勇気のいることだ。おれはいろんな職場でこの手の余計な改善をしてベテランから数多の顰蹙を買ってきた。おれだって、自分が慣れてる仕事でポッと出の新人に出しゃばられたら面白くない気持ちは当然ある。新人の提案が効率的であったらメンツを潰された気がして嫌な気持ちになるし、新人の提案が非効率であったらそれはそれで腹が立つ。しかしおれは、社長くらいビッグな人ならこのくらいの工夫は歓迎してくれるだろう、と確信していたし、そして実際にその通りになった。
自分で言うのもなんだけど、おれもわりと自由で革新的な考え方を好むほうだ。退屈なことは仕組みか機械で解決するべきだと思っているし、気合や根性やマンパワーで物事を解決するのは美しくないと思っている。もちろん、どちらが良いという話でもない。汗水たらして地道な努力をするほうが結果的に良い結果をもたらすことは多い。頭を捻って作ったシステマティックなシステムによる再発防止策より、怖い顔の人が「集中して作業しろよ!」と一発だけ釘を刺すほうが役に立つこともあるだろう。ルールと手続きによって仕組みで解決しようとするとブルシットジョブが増えるし、ルールをハックしようとする人のせいで不正の温床になりがちだ。ソビエト連邦はそうやって崩壊したに違いあるまい。機械や設備で解決しようとすると設備投資が過剰になりがちな上に、機械の世話でリソースが必要になるし、トラブルに対しても脆弱になってしまう。システマティックで機械的で理性的な解決策はいつでも硬直的で、たいていの場合、感情を持った有機的な人間に敗北してしまう。
なんでも仕組みや機械で解決しようと思うのは、人間の理性を過信しすぎている人に特有の考え方だ。世の中には人間の理性を過信しているタイプの人間と、人間の感情を過信しているタイプの人間が存在するのだ。
何度も言うようだが、どちらが良いという話ではない。自分でやらかしておいてこれを例に出すのはおかしいかもしれないが、「免許持ってる学生に軽自動車を貸して通勤と送迎をやらせよう」という理性的な発想で貸与した自動車が、深夜におれが山岡家へ行くためにこっそり使われていたのは理性が感情に敗北している良い例だろう。社長が3割負担で買った不要不急のシップがおれに渡り、浮いた7割で社長がベンツを買っているのも良い例かもしれない。しかしおれは、理性を過信している者の一人として社長にはけっこうシンパシーを感じていた。いまも元気にしてるだろうか。
そういうわけで書くべきことは全部書いたのでこの話はオチも教訓も無く突然終わるのだけど、学びがあってめでたしめでたし、という終わり方にするにはあまりにもキツいバイトだったことは書いておきたい。米という漢字は八十八の手間がかかっているからそのように書くのだという俗説があるけど、その中の1つしか体験しなかったのに、あのバイトは実に大変だった。ああいう作業は、どう考えてもいくらかはワイルドでないと出来ないんだと思う。あのとき社長が左後ろの席に座った学生に対して軽くキレていたのは、思い返してみればそういうワイルドさのかけらだったのかもしれない・・・。
終わり。


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