八王子は暑い。2023年の7月12日に記録した39.1℃という数字は、その時点で今年の国内最高気温だったそうだ。梅雨明け前だったことを考えると異常な暑さだと言ってもよい。今日だって、もう9月になったというのにとても暑かった。
そういうわけで、おれの住む八王子ではパッションフルーツがとれる。とある農家が小笠原に行った際、そこで食べたパッションフルーツの味に感動して、「八王子も暑いからイケるのでは」と思ったのだそうだ。かなり謎の思考回路ではあるが、それで実際にイケてしまうのだから驚きだ。
ところで、おれはいま八王子に住んでいるけど、もともとは山梨の出身だ。八王子市民は自虐的に「八王子は山梨」とか「山梨県八王子市」とか言うのだけど、これは山梨出身者からすると実に受け入れがたいことだ。仮に八王子が山梨なのだとしたら、山梨の県庁所在地は八王子になってしまうではないか。この八王子なる謎の街に、おれは言いたいことがある。
八王子、太陽の街すぎてパッションフルーツが育ってしまう

ちょうど今が旬だと知って、道の駅 八王子滝山まで行ってみた。東京で唯一の道の駅らしい。本来は小笠原とか沖縄でしか栽培されていない果物らしいが、堂々の品揃えである。

切る前から特有のトロピカルな香りが漂う。切って食べてみると、とても甘くて美味しい。香りも溢れんばかりの強烈さで、実際に溢れている。パッションフルーツなんてめったに食べないから、ほかの地域のものと比べてどうなのかは断言できないのだけど、それでも八王子産は特別に美味しい気がする。



誰が言い出したのかはわからないけど、八王子は「太陽の街」なんだそうだ。この写真を撮った日は「八王子まつり」なる謎の祭の最中で、北口を少し歩いたところに位置する異常にでかいドンキでは、軒先で大量の八王子Tシャツを売りさばいていた。Tシャツには「太陽の街」と書いてある。一体だれがこのTシャツを買うんだろうと思ってしまうのだけど、驚くべきことに、そこそこ売れていた。
八王子、地元が好きすぎてなんにでも八王子をつけてしまう

2年ほど前に、スーパーで「八王子キャンディ」を買ったことがある。八王子で採れたパッションフルーツを、八王子の工場で加工したキャンディらしい。なかなか美味しかったのだけど、ネーミングには疑問が残る。
軽井沢とか築地とか十勝が同じことをやるのならわかるのだけど、八王子にそこまでのブランド価値があるとは、市民のおれからしても思えない。八王子と聞いて最初に思いつくのはチャリドロだ。にもかかわらず、極めて不思議なことだが、八王子市民は商品名に「八王子」とつけたがるのだ。

たとえば、パッションフルーツを買いに行った道の駅には「八王子ナポリタン」なるメニューがあった。刻みタマネギが乗っている点以外は特別なことは何もない。八王子にメシが美味しいイメージは特に無いのだが、なぜか八王子ブランドを大々的に掲げている不思議なメニューである。そのうち食べに行こうと思う。

八王子ナポリタンに玉ねぎが乗っている理由には、いちおう見当がつく。八王子には「八王子ラーメン」というご当地ラーメンがあって、八王子ラーメンは長ネギではなく玉ねぎを薬味として乗せるのが特徴だ。
この街には八王子ラーメンを出すお店がたくさんあって、今日も地域に根ざしている。たしかに美味しいのだけど、おれはもう少しガッツリしたラーメンを食べたくなる気分の日のほうがずっと多いから、八王子ラーメンの店に商圏を取られているせいでガッツリしたラーメン屋が少ないような気がする点は少し残念だ。

ここは「八王子メロンパン」を名乗るお店だ。メロンパンは美味しかったが、八王子要素がどこにあるのかは謎だ。玉ねぎが乗っているのかと思ったがそんなことはなかった。

「八王子まつり」だってそうだ。もうすこし良いネーミングがあったのではないかと思う。たとえばおれは山梨出身なのだけど、地元の祭りといえば「信玄公祭り」「吉田の火祭」「かつぬまぶどうまつり」…と、ネーミングにひねりがあるのが普通だ。殊更に「八王子」の地名だけを推す必要もないだろう。
去年の夏に、八王子の路上で信号待ちをしていた被害者男性に対して「八王子なめんな!」と謎の因縁をつけた男が被害者男性の車を強奪するという謎の事件が起こった。ここで、犯人が「八王子」と口にしてしまったのも、何にでも「八王子」とつけたがるメンタリティの表出だと思っている。
舞台が横浜とか新宿とか渋谷のような、ヤンチャな人が多いと同時にクールなイメージもある街ならまだわかる。例えば「横浜なめんな」だったらまだ格好がつく気もする。しかし、なにせ八王子である。「八王子」なんて言わないほうがカッコいいに決まってるのだが、八王子市民は言ってしまうのである。

北口には「八」をかたどったデカすぎる謎のオブジェがある。この人たちは、どうしてここまで八王子という名前にこだわりがあるのだろうか。理由は簡単だ。八王子市民は、とにかく八王子のことが大好きなのだ。
たしかに、「八王子あるある」を調べていると、必ずと言っていいほど、八王子市民は地元愛が強いと書かれている。
なんとなくわかる気がする。おれもこうやって八王子のことを腐しているけど、八王子のことがそんなに嫌いではない。八王子もきっとおれのことがそんなに嫌いではないと思う。

八王子市民の地元愛が強い理由も、なんとなくわかる気がする。八王子にはなんでもあるのだ。西にいけば日本屈指の観光地・高尾山がある。八王子駅には繁華街もあって、かと思えば恩方に行けば山梨かと見紛うような農村が広がっていて、パッションフルーツすら作っている。畑だけでなく山田には牧場もある。市内には車社会も電車社会もバス社会もある。文化や芸術だってある。大学や美術館がたくさんあるし、北口から少し歩けばユーミンの実家の荒井呉服店だってある。高尾には金ピカの北島三郎像があって、八王子駅にはローランドさまの胸像もある。
「八王子にはなんでもある。映画館以外は」なんて冗談を言う人もいるのだけど、実は南大沢に行けばTOHOシネマズもある。電車でのアクセスが悪いから、車を持っていない人は立川の映画館に行ってしまうのだけど、あることにはある。道の駅の近くには今度イオンモールが建つらしくて、中にはイオンシネマも入るらしい。八王子にはなんでもある。なんでもあるからこそ地元愛が強いのだ。
おれは大学生のとき、北海道に6年間住んでいたのだけど、北海道の人も地元愛が強い。正直、北海道より本州に就職したほうがずっと待遇が良いのだけど、北海道出身の友人はたいてい北海道企業への就職を強く希望していた。内地の暖かさとにぎやかさを知っているおれからすればそこまで北海道に固執するのは不思議なのだが、北海道の人はそのくらい北海道が好きなのだ。
実際、北海道にはなんでもある。日本から独立しろと今日とつぜん言われても、それなりになんとかやっていけると道民は思っているし、その自立心こそが道民の誇りなのだ。
八王子はどうだろう?八王子だって、膨大な数のサラリーマンが毎日都心に出稼ぎに出ることを新日本国が許可してさえくれれば、今日独立してもそれなりにやっていけるだろう。なんでもあるという自負と自立心とアイデンティティが共同体への忠誠心、つまり地元愛を強くしているのだと思う。
八王子はもはや独立国家だ。立川市民や町田市民はそうでもないだろうが、八王子市民には八王子市民としての強烈なアイデンティティがある。八王子はもはや一つの国であり、八王子市民の地元愛は、地元愛ではなく、愛国心に近いのだ。
八王子、山梨すぎて信玄餅を売ってしまう

八王子の道の駅には、山梨銘菓であるはずの信玄餅が売られている。
信玄餅が並んでいる光景は、八王子市ではべつに珍しくはない。実際、八王子駅には信玄餅を売っているお店がいくつもある。売店のいち商品として取り扱っているだけではなく、信玄餅を製造・販売している桔梗屋の直営店すらあって、しかも八王子駅に二店舗もある。改札を出たところには、山梨と多摩の特産品を取り扱う「やまたまや」などという謎のアンテナショップもある。
理由はわかる。八王子は山梨から非常に近いのだ。八王子市西端の高尾駅から中央線で3駅も行けば山梨県である。
地理的に近いだけでなく、経済的にも、文化的にも近い。八王子はかつて絹の集散地として栄えた土地であるが、山梨もまた、絹の生産が盛んで、八王子との経済的・文化的結びつきが強かった。そういうわけで、八王子には山梨からの移住者が多い。信玄餅がたくさん売られているのも、八王子に住む元山梨県民が買い支えているからなのだろう。
八王子のことを「山梨県八王子市」なんて冗談で言う人も多いのだけど、その理由はなにも田舎だからというだけではないのだ。

なんといっても八王子市には山梨中央銀行の支店がある。それも、めじろ台と西八王子の2箇所にある。八王子の山梨との結びつきは非常に強固だ。
八王子は山梨ではない
八王子は山梨県民の憧れの地である。甲府から特急に乗って都心に出ようとすると、かいじにしろ、あずさにしろ、スーパーあずさにしろ、必ず八王子駅に止まる。山梨県民にとって、八王子は東京の玄関口なのだ。山梨の小学生に「知っている東京の街の名前を言いなさい」とインタビューすれば、新宿や渋谷を差し置いて、八王子と答える子どもがきっと一番多いだろう。
大人になった今では、八王子はなかなかの田舎だと理解しているのだけど、山梨はそれと比べ物にならないくらい田舎だ。たとえば、山梨には高いビルがまったく無い。
だから幼心には、八王子のあたりから急にビルが高くなっていく様子は壮観だった。八王子はおしゃれでクールでスマートに感じられた。多くの山梨県民にとって、八王子は、ここから東京が始まるのだというワクワク感の象徴だ。
八王子市民は冗談で自虐的に「山梨県八王子市」なんて自称する。だけど、そんなことを言うのは八王子側の人間だけで、山梨の人間は決して口にしない。山梨県民にとって、八王子は東京のどの街よりも東京らしいのだ。
そうして、いろいろあっておれは八王子に住んで2年になる。
いざ住んでみると、思ったよりもずっと田舎で、栄えているのは駅前だけで、その駅前もガンガン衰退していっているらしい。どう考えても立川のほうが魅力的な街だと思う。治安が悪くて、ごみごみしていて、都心まで1時間近くかかる。実にしょうもない、ありふれた街である。そうしておれはこの街のちっぽけさとしょうもなさを知ったけど、それでも八王子は東京だと思うのだ。
そういうわけで、今度ドンキに行ったら、なんとなく太陽の街 八王子Tシャツを買ってみてもいいような気がしている。たしかに間違いなくここは太陽の街だ。あれで外を歩くのはまだ恥ずかしいから、寝間着にでもしようと思っている。


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